レトロゲームトラベラー

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この世の終わりのスイッチ

5章 次は誰かな


 

 

  その後、僕らは急いで山を降り、とりあえず一番近い柚子の家に向かった。
 (となりの僕の家も近いのだけど)
 お邪魔しまーすと声を揃えて中へ。
 柚子の家のおじさん、おばさんはいないみたいだ。
 
  柚子はリビングではなく、僕らを自分の部屋へと招きいれた。
 
 「さっきからテレビで散々やってる。軍事的緊張が悪い意味で崩壊したのね」
 
  柚子は自分の部屋のテレビを点けた。
 そこでは緊急ニュースと題して、国民保護法の運用とか、自衛隊の権限がどーこーとか
 各自治体の避難指示を待ち、整然と行動しましょうとかやっている。
 
 「インターネットのアングラサイトの情報で、そのうえ断片的なものなんだけど・・・
 世界各地で武力衝突寸前よ。
 どうやら、太平洋が消滅したのと同時に、大規模な海軍の消滅があったらしくて、
 しかもそれを見越して軍事行動を準備していた国もあったらしくて、もうメチャクチャよ。
 今、世界中のほとんどの地域がこの争いに巻き込まれる寸前らしいわ。
 ・・・日本のニュースではやっていないけどね」
 
  えーと。それは比較的にまずいですよね。
 
 「そうよ。この世界は『破滅スイッチ』の全てが押されるのを待たずに
 破滅への道を歩み始めている。危険なんてものじゃないわ」
 
 「おいおい! なんだよ、結局『破滅スイッチ』がどうなろうと、結末は
 同じだったってことかよ?」
 
 「いえ、そうでもないわ。現にスイッチは押されなかった訳だし、
 この世界が延命されているのは確かよ。
 ・・・このまま放っておいたら結末は悲惨なものでしょうけど」  
 
  ど、どど、どうしよう・・・。
 
 「・・・ねぇ、2人ともよく聞いて。あたしね、ずっと考えていたのよ」
 
  柚子の語りに、僕と一縷が聞き入った。 
 
 「そもそも、全ての問題の原因は、そのスイッチにある。
 マス、出して」
 
  僕は言われるままに、スイッチをテーブルの上に置いた。
 
 「そう、このスイッチよ。
 そもそもこのスイッチはおかしいのよ」
 
  はて、おかしいとは?
 
 「よく考えて。
 変なのよ。そもそもこのスイッチはおかしいことだらけ。
 素材が変、使われているのはダイヤモンドより硬い物質。
 機能も変、空間を消滅させて機能と、空間消失のつじつまを合わせる機能は別個のもの。
 そもそも全ての存在のつじつまをあわせる必要なんて無いのよ。
 太平洋が消滅したら地球環境崩壊、それでいいんだから。
 出現する瞬間も変。
 周囲の人間に警告を与えるとか、コミュニケーション能力も変」
 
 「それはそうだけど」
 
 「おかしい点、矛盾する点。そこには必ず真実への糸口が隠されている。
 そもそも矛盾と言うモノは人間の意識の中だけにあるものよ。
 自然界には、非人為的なものには矛盾なんて存在しないの」
 
  はあ、ごめん。柚子の言葉は僕には難しいな。
 
 「つまり、このスイッチの存在を矛盾無く説明する為の論理が必要なのよ」
 
  はあ。
 
 「あたしは先ほど結論付けたわ。こんな物は現実には存在し得ない」
 
  はあ。
 
 「でも、スイッチの実在は事実」
 
  はあ。
 
 「だから、『破滅スイッチ』が存在するその世界は、現実のものではないのよ」
 
  は?
 
 「お、おい岸本。何を言っているんだ? スイッチはここにある。
 この世界もアタシたちもここにいるじゃないか」
 
 「そうね。そうかもしれない。あたしの考えが正しいかどうかはそろそろ
 分かるはずなんだけど・・・そろそろ出てきてくれないかしら?
 これ以上はつじつま合わせも不可能なんじゃない?」
 
  柚子は、何を思ったのかスイッチに話しかけた。
 
 「ほら、別にもういいでしょう? 見ているんでしょ?
 とっととあたしたちに説明しなさいよ」
 
  やっぱり柚子はスイッチに話しかける。
 
  それから5秒。何も起こらない。
 
 「あー、もう! 分かってるんだから! 
 何かの方法であたしたちのこともモニターしているんでしょ!
 いい加減にこっちにでてくるなりなんなりして、事情を説明しなさい!」
 
  それから5秒。やっぱり何も起こらない。
 何も起こっていないと思っていた。
 
  だが、
 
 __________________________
 
 
 「あ、あのさ、サマノスケ。この線、何?」
 
 
  線? ・・・あれなんだろう。
 空中の、手の届きそうな所に線がある。
 まるで何か・・・そうだ、3Dゲームの出来の悪いヤツに出てくる
 パーツとパーツの継ぎ目みたいだ。
 
  頭の位置をずらしながら、線を見る。
 確かに線だ。
  触ってみる。
 ・・・勘弁してくれ。僕は泣きたくなる。触れるよ?! この線。
 むんず、思わず掴む。
 掴めるよ? この線!
 
  一縷も線が気になるのだろう。チョンチョンとつついている。
 
 「うわあ、どうなってのコレ」
 
  そう言えば外はどうなっているのだろうと、僕は部屋の窓から外を見た。
 そこには相変わらずサンフランシスコの風景が広がっており、
 やはりよくよく見ると、サンフランシスコと日本の間に空間の歪みを示すかのように
 線がウネウネと存在している。・・・あんなのあったかな。
 
 「よし、この線をちょん切ってみるか」
 
  いつのまにやら一縷は柚子の部屋にあったハサミを持ち出していた。 
 ハサミの刃と刃の間に線を入れ、いっせーのーで切ろうとしている。
 
  そうしていると
 
 「ちょ、ちょっと待ってください! お、落ち着いてください!」
 
  という感じの、子供のモノのような声が聞こえてきた。
 なんか、線から聞こえたように感じた。
 
  そこで、線があの白い光を出してきた。
 白い光がどんどん強まる。
 そして光は一箇所に集中して強くなっていって・・・。
 
  そしてそこに、人間の姿が出てきた。
 
  人間と言っても、なんかちょっと違和感があった。
 まず、それは半透明だった。向こう側がうっすらと透けて見える。
 もう1つは服装が奇妙なことだ。
 なんかファッションセンスが異次元の感覚だ。
  それからそいつは、どうも男のようだ。 
 とは言っても年は随分と若く見える。少年と言ってもいいぐらいに見えた。
 
 「あーあー、よし音声は出ている」
 
  その変なファッションセンスの少年が第一声を発した。
 
 「いささか予想を超えた事態になってしまいました。
 始めまして、ボクの名前はクラル・トラ・ノルフィール。
 クラルがファーストファミリーネーム。
 トラがセカンドファミリーネーム。
 ノルフィールが個人名に相当します」
 
 「はぁ」
 
  これは3人一緒に発声した。
 なんて言うか、不思議でおかしな出来事には慣れきっていると思っていたけど、
 どうやらまだまだ序の口だったらしい。
 僕は文字通り、開いた口が塞がらなかった。
 
 「本来はボクは登場してはいけないはずだったんですけど、
 事態が事態ですし、当初のスイッチ投入時の思惑を大分外れてしまったみたいですし」
 
  おかしなファッションセンスの
 スイッチから出てきた少年(のホログラム映像?)が、何か喋っている。
 
 「えーと。
 ・・・すみません、ノルフィールさんでしたっけ。
 あたしたち結局分からない事だらけなんです。
 最初から説明していただけると助かります」
 
  柚子がこれに、冷静に対応している。
 
 「そうですね。すみません、それでは最初から説明させていただきます」
 
  そうそう、それとボクのことはノルフで結構です。とも付け加えた。
 
 「まず、この世界に関してですか、柚子さんが正解です。
 この世界は現実の世界ではなくてですね、その、コンピューター上に
 構築された仮想空間なんです」
 
  なんだかもう、話について行けなくなってしまった。
 柚子だけが、彼の話に食いついている。
 
 「仮想空間という仮説は、早い段階から考えていました。
 これだけ惑星が豪快に変形しているのに、地球環境に、いえ
 地球上になんの変化も起こらない。
 なんて事はありえませんから」
 
 「そうです、そうなんですね。
 いや、まいりました。いろんな判断をAIに任せていたらこんなことに
 なっちゃって・・・。
 おっとっと、話が脱線しちゃったかな? えーと話を進めます」
 
 「この世界、コンピューター上に存在するあなたがたの世界は、
 21世紀という時間軸となっていますが、
 コンピューターが稼動しているリアルタイムは
 皆さん風に言うと31世紀になります。西暦3056年ですね」
 
  えーと、なんかもう、どうで良いです。はい、話を進めてください。
 
 「西暦で言うところの2800年代に、人類は己が上に発生するであろう
 全ての問題を克服しました。みなさんの世界を脅かす災厄・・・疫病、
 飢餓、戦争、環境破壊・・・これらは全て解決されました。
 いえ、解決されてしまったのです」
 
 「言い方が変ですね?」
 
  話について行っているのは柚子だけだ。
 一縷はポケラーっと口を開けたままになっている。
 
 
 
 
 「ええ、全ての問題を解決した結果、人類は『するべきこと』を
 失ってしまいました。
 もう、僕の世代の全ての人は、生きるという行為に意味を見出す事ができなくなっています。
 出生率は極限にまで低下し、ボクの世代か次の世代で人類という種は終わりを
 迎えるだろうと予想されました」
 
 「そこでボクらは『生きる意味』を欲しました。
 それこそが過去の人類という種族の力の源、全ての根源だと信じ、
 『生きる意味』の研究を始めたのです」
 
 「ボクらはその為に、過去の地球をシミュレートし、全ての事象を完璧に
 構築した仮想世界を作り上げました。
 そしてそこで生きている人々の観察を始めたのです。
 過去の人類から『生きる意味』を学ぼうと思ったんです」
 
 「その後、生きる意味を完璧に作り上げてくれた世界の人々は、仮想空間から
 サルベージして、本当の肉体を持って真の人類として未来で生活してもらおうと考えといました。
 どのみちボクらは滅びる種族でしょうし、地球を引き渡してもよいと思ったんです。
 あ、もちろん進んだテクノロジーは1つたりとも引き渡しませんが」
 
 「けれど、人類の過去の観察は苦しい作業でした。
 人類はしばしば絶滅しました。何回も何回も。
 核兵器で全滅、細菌兵器で全滅、ナノテク兵器で全滅、この前のシミュレートでは
 反物質爆弾を使って地球ごと吹っ飛んだりしまして」
 
 「ボクらは『生きる意味』を見つける事ができなかったんです」
 
  そこでノルフはため息をついて肩を落とした。
 その観察作業とやらが、あまり楽しいものでないことは、僕から見ても分かった。
 
 「今回のあなたたちの世界も、もうダメかもしれないと結論付けられました。
 ボクたちは実験の最終結果を見たくなかったんです。
 ・・・みなさんが苦しみながら死んでいくさまを見たくなかったんです」
 
 「つまり、このスイッチは、世界規模での安楽死装置ということですか」
 
  柚子は聞くべきことを分かっているみたいだ。
 
 「ズバリ言ってしまうとそうです。
 けれど、ボクらはそれすらも選択できなかった。
 辛かったんです。仮想世界であっても、精一杯生きている人たちはいますからね。
 それで、この世界のあななたちに選択の権利を委ねることにしたんです。
 この世界を終局させるか、続けるかの権利を、この世界の人々に託しました。
 ・・・いいえ、責任を放棄したんですね」
 
 「スイッチはその為のものです。
 梨木ミルという人が考えた通り、これは票を集める機能です。
 299個のスイッチが1年以内に全て押されれば、この世界の消滅こそ
 この世界の総意と見ようと、そう考えたんです」
 
 「スイッチの各機能は、想定される事態に対処するべく与えられました。
 スイッチが壊されないように『壊れない』とプログラム上で設定して作っておいたり、
 一定期間、同じ場所に封印されたら、そのスイッチは消滅させて新しいスイッチを
 出現させるようにしたり・・・。
  最終意志決定者の防衛機能も、必要と判断され、機能を追加しました。
 スイッチを強制的に管理しようとする人が、絶対に出てくるでしょうし」
 
 「スイッチのテスト機能によって消滅するものは、
 スイッチを押した者の思考パターンによって変化します。
 思考パターンが曖昧な場合は、推論を交えてAIが判定します。
 その後に、社会の混乱を避けるべく、消滅した物のつじつま合わせ
 が行われるはずだったのですが・・・」
 
 「つじつま合わせに限界が来たんですね?」
 
 「そうです、そしてこの世界はボクらが『破滅スイッチ』を投げ入れてしまった
 が為に、別の形で破滅の道を歩み始めてしまった」
 
 「・・・このまま放っておくと、どうなりますか?」
 
 「ある国が致命的なウィルス兵器を作ってしまいます。
 それが不手際で散布されて終わりです。
 他に可能性の高いパターンが3通りほどありますが、
 どれも希望が持てる類のものではありません」
 
 「本当のところ、これからどうしたらいいのか、ボクらにも分かりかねまして・・・
 どうしたものか」
 
 「あの、2つ発言、いいですか?」
 
  柚子が手を上げた。
 
 「はい、どうぞ」
 
 「まず1つ目、質問です。たまにマスの考えている事が、周囲の人に漏れていることがあったん
 ですが、あれは一体なんですか? やっぱり、スイッチに関連する何かですか?」
 
 「ええっと・・・はい、それはですね・・・検索検索」
 
  ノルフは目を瞑り、何かを呟いている。
 
 「ああ、これはすみません。スイッチの機能で、鱒乃助さんの思考回路の遮断機能が
 一部の身近な人に対してオープンになっていたみたいです。直します」
 
  おいおい、そりゃないよ。
 
 「ああ、これがサマノスケの心の声か、『おいおい、そりゃないよ』って
 聞こえた」
 
  ・・・。
 
 「お、サマノスケ、心を読まれたくないんで、黙ったな」
 
 「もう1つ、これは提案です。
 今までスイッチで発生した事態を全て逆戻りさせて、世界を元通りにして
 しまうことは出来ないんですか?」
 
 「それが出来れば良いんですけど。
 実際にそれをやっても人々の記憶は残っているわけです。
 記憶ごと過去に巻き戻すことはできません。
 みなさんの記憶の全てをバックアップしているわけではないのです。
 今以上の矛盾が生じてしまいます」
 
 「それなら、あたしに考えがあります」
 
  柚子はあの、得意満々といった顔で言った。
 
 「あたし、考えていたんですけど。
 このお話、いっそ無かったことにしちゃいません?」
 
 「え?」
 
  今度は彼が・・・ノルフが驚いた。
 
 
 「今までスイッチで発生した事態を全て逆戻りさせて、世界を元通りにして
 そして・・・今までに起こった事を、フィクションの作品内で起こった出来事
 としてしまうんです」
 
 「いやまあ、それは・・・出来ます。たぶん」
 
 「ノルフさん、この世界は危険な状態にあるんですね?」
 
 「はい」
 
 「その後の破滅は、100%ですか?」
 
 「いいえ、100%では無いですけど」
 
 「それなら、もう少し、この世界を続けてみませんか?
 もしかしたら、今回の出来事によって、未来は少しばかり変わるかもしれません」
 
 「確かにそれはそうでしょうが・・・」
 
  ノルフは少しばかり考えていたようだ。
 
 「ふむ、興味深いですね。そういうシミュレートは行ってこなかったですし。
 もしかしたらその小さな変化が、将来に大きな変化をもたらすかもしれません」
 
  ノルフはうなづいた。
 
 「それじゃ、そういうことにしましょうか・・・ハイッとそれじゃいいですか?
 始めますよ?」
 
  ノルフは手を叩いて何かを念じる仕草を見せた。
 
  まだ、心の準備が出来てないんだけど。
 
 「大丈夫ですよ、一瞬で終わりますから。エイッ」
 
  その簡単な掛け声と共に、ノルフの体からあの白い光が出てきた。
 白い光は膨大な量だった。
 今までに無いくらい、途方も無い規模だった。
 
  おそらく光はこの星の全てを包むまでに膨張して、
 全ては元通りになった。
 
  でもさ、そんなに簡単にやらないでよ、調子狂うなぁ。
 いくらこの世界がプログラムで作られた仮想現実だからって、あんまりだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  それから1ヶ月が過ぎた。
 世界は全て元通りのまま、スイッチが押される以前の姿に戻っていた。
 スイッチに関する記憶は、全てフィクションから発生したものとして処理された。
 (らしい)
  今日も今日とて、僕らは平和にキャンパスライフを送っている。
 唯一平和でないのは、学食のから揚げ定食の食券の奪い合いだ。
 1日限定100食なのは問題だと思う。
 そうだ、今度ノルフに会えたら、から揚げ定食の無限食券を作ってくれるように頼もう。
 
 「マス、いい加減ハシを咥えながら考え込むの止めなさい。
 みっともないから」
 
 「はいはい」
 
  僕は無意識に咥えていたハシを置いた。
 
 「なあ岸本、いい加減サマノスケの面倒を見るの止めたら?」
 
  お盆からかぐわしいカレーの香りを漂わせながらやってきたのは
 一縷だった。一縷は本当にカレーが好きなんだねぇ。
 
 「チルこそ、カレーばかり食べて飽きてこないの?」
 
 「今日はスープカレーだからね、これでもローテーションを組んでいるんだけど」
  
  カレーローテーション?
 
 「月曜は普通のカレー。
 火曜はキーマカレー。
 水曜はカレーうどんかソバ。
 木曜はカレーチャーハン。
 金曜はスープカレーさ」
 
  そんなにカレーばかりあるのか、ここの学食は。
 
 「・・・実は、裏メニューならぬ、裏券売機があるのだよ」
 
  一縷は大ウソつきだから、話半分で聞くことにした。
 
 
  ふと、辺りを見渡す。
 なんということは無い、平和な生活の風景が目に入る。
 この平和な世界は、パッと見にはとても強固で、堅牢で、失われることなんて
 ありえないように見える。
 
  どういうわけか、僕と柚子と一縷の3人だけは、今回の記憶が改ざんされることなく
 残っていた。(改ざんされているか、いないかを確かめる方法は無いのだけど)
 
  この1ヶ月間、時々今回の事件について考えることがあったのだけど、
 やっぱりあんな子供のおもちゃにしか見えないスイッチ1つで、
 この世界の何もかもを破滅させることができるなんて、
 冗談にしては出来が悪いと思えた。
 
 「・・・でもさ」
 
  スープカレーをすすりながら、一縷が言う。
 
 「スイッチ1つで世界が変わるっていうのも、そうそうおかしい発想じゃないかもな」
 
  そうかな。
 
 「アタシはよくは知らないけど、核兵器の発射もボタンなんだろ?
 あれもボタン、これもボタン。選挙の投票もボタンでやる国もあるって言うし、
 世の中何もかもボタン1つで動いちまう。
 ・・・だからさ、あんなスイッチがあってもおかしいとは、あんまり思えないんだ」
  
  一縷が『あんな』の所で、近くのコンクリートの柱を眺める。
 そこには『映画 この世の終わりのスイッチ 近日公開』のポスターが貼られていた。
 
  大金100億円をかけた大キャンペーンが世界中で展開された作品。
  全米が泣いた! 全世界が震えた!
 
  とか、さんざん宣伝をやっていたが、実際にはすごくつまらないと評判だった。  
 挙句の果てに小説が出て、漫画が出て、ゲームまで出るらしい。
 しかし、どれもこれも全て大いに不評らしい。
 (おや? どこかで誰かが傷ついたような気がしたぞ?)
 不評のわりに、多くの人が内容を記憶しているという点が奇妙だが。
 
 「お」
 
  一縷が学食の天井を見ている。
 そこには蛍光灯があって、昼間だと言うのに煌々と明かりがついている。
 
 「無駄な明かりだよ。サマノスケ、消してきて」
 
 「・・・自分で行けば良いのに」
 
  ブツブツと文句を言いながらも、僕は蛍光灯の電気のスイッチのある所へ行く。
 スイッチに手をかけ、ふと思う。
 
  このスイッチが、世界の破滅のスイッチだったらどうしよう。
 このスイッチが、この世の終わりのスイッチだったらどうしよう。
 それは奇妙な空想だったけど、なぜだか僕には現実感のある幻のように思えた。
 
 「早く消しなさいって!」
 
  いつのまにか柚子がやってきていた。
 彼女はヒョイと腕を伸ばすと、ピシピシと電気を消した。
 
 「マス、もしかしてこのスイッチがあの『破滅スイッチ』か何かだとでも思った?」
 
  柚子が僕に笑いかけてきた。
 
 「そんなことないよ、そんなこと・・・」
 
  僕と柚子は席に戻る。
 戻りながらも僕は考える。
 
  ああそうか。
 僕はこの時に悟った。
 何のことは無かったのだ。
 
  もしかしたらこの世の終わりのスイッチとは、
 案外近くにあるものなのかもしれない。
 案外、ちゃちな物なのかもしれない。
 案外、たくさんあるのかもしれない。
 
  そうだ、この世の終わりのスイッチが、いかにもそれらしく分かりやすく作られていれば。
 誰もそれを押そうとしないのでは無いか。
 少なくとも、今回のミルみたいに、
 スイッチを押そうとする人は出てこないのではないかと思った。
 
  だからもし、誰かがそれを押すならば。
 そのスイッチはきっと、とてもちゃちに出来ていて、
 その行為が破滅的な結果をもたらすとは想像もつかないような物なのだろう。 
 
  そうでなければ、そんなもの押すはずが無い。
 この世の終わりのスイッチなんて、例え存在しても誰も押そうとしないだろう。
 そう、考えた。
 
  だが、別にこうも考える。
 ノルフは言った。この299個のスイッチこそ、この世界の安楽死のスイッチだと。
 けれど、あのスイッチ以外にも、スイッチはあった。
 世界を破滅させる破滅のスイッチは他に確かに存在した。
  
  それは、この世界が確かに作り出してしまった物。 
 
 「・・・マス! もぅ、マスはハシ禁止! スプーンとフォークで食べなさい」
 
  席に座っていた僕は、いつのまにやら、またハシを咥えていたらしい。
 ハシは僕の口からすっぽ抜かれ、そのかわりに両手にスプーンとフォークを持たされた。 
 
  ま、いいか。
 幸い、スイッチは僕らの手から離れた。僕らはもう、そのことを考える必要は無いだろう。
 次にスイッチを拾った人が、考えればすむことだ。
 次に、この世の終わりのスイッチを握る人は、一体どんな人なのだろう?
 
  から揚げにフォークを刺しながら、なんだかそんなことを考えていた。
 
 
 
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