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この世の終わりのスイッチ

4章 薔薇と百合と筋肉の洪水


 

 


 
  僕らはその後、山の方角に落ちた(と思われる)スイッチを探しに行くことにした。
 とりあえずいくらか仮眠を取って、次の日の朝には出発しようということになったのだが・・・。
 
 「ちょっと、ちょっと柚子子! さっきからテレビで変なこと言っているの!
 見て頂戴!」
 
  僕ら3人が居座っているガレージに、岸本のおばさんが飛び込んできた。
 (つまり柚子のお母さんだ。分かってるって?)
 よほど急いでいるのか、慌てているのか、足をもつれさせている。
 
 「なによもう。お母さん、友達が来てるんだから、みっともない真似はよしてよ」
 
 「そんなこと言ってる場合じゃないのよ! ああもういいから、テレビ見なさい! テレビ!」
 
  岸本のおばさんは必死になって手招きする。自宅のリビングのテレビを見せたいらしい。
 とにもかくにも、僕らはおばさんの勢いに引っ張られて、柚子の家の母屋にお邪魔することに
 した。
 
  玄関から入って、廊下をすぐに右に曲がったところに岸本家の居間はある。
 小さい頃はよく遊びに来ていたから、良く覚えている。
 柚子を先頭にして居間に入ると、ソファに腰をかけて呆然としている岸本のおじさんの姿が
 あった。
 その目の前にはテレビがある。
 やはりおじさんはテレビを見て驚いているらしい。
 
 「もう、どうしたのよ、お父さん」
 
  柚子は少し怒ったような仕草を見せ、おじさんに近づく。
 
 「・・・おお! いやごめんな、ああ、久しぶり、マス君、一縷ちゃん、いらっしゃい」
 
  確かに久しぶりだ、僕らはおじさんに挨拶をすませる。
 
 「それでなんの用なの? お父さん、なんかあったの?」
 
 「そうだ、そうだ、それだよ。えらい事だよ、ほら、テレビを見てごらん」
 
  僕ら3人は立ったままテレビの画面に視線を移した。
 
  ・・・なんだろう、地球儀の模様が刻み付けられた、変なラグビーボールが映し出されている。
 
  一縷が怪訝な顔でそれを見つめる。
 
 「なんだこゃ、地球・・・か?」
 
  地球。
 の模様がついた、それらしき物体。
 はて、地球はこんな形だったっけと思い、岸本家の居間にここ20年間置いてある
 地球儀を見る。
 
  地球儀の中から、空気でも抜けたのだろうか、なんだかしぼんで細長くなったように見える。
 壁にかけてある世界地図を見る。
 
  ・・・はて、アラスカがえびぞりになって、ユーラシア大陸のさきっちょもえびぞりして、
 双方仲良く並んでいる。
 南アメリカとオーストラリアが陸続きだ。間に海が無い。
 アメリカ合衆国と日本の間に、何も無い。・・・申し訳なさそうに、細い海峡がある。
 
  それを見た柚子が、あわてて2階に駆け上った。僕と一縷もそれに続く。
 行き先は柚子の部屋だ。僕ら3人は柚子の部屋の窓から、東の方向・・・太平洋の方を見る。
 
  そこには海が見えるはずだった。
 柚子の部屋の窓からは海が見えるのだ。彼女の自慢の風景だ。
 それなのにそこには何か、見慣れない夜景がどこまでも広がっていた。
 一縷がラジオのスイッチを入れる。チューナーをいじくっているうちに、
 英語の放送がいろいろと聞こえてきた。
 
 「・・・緯度的に言うと、サンフランシスコかしら」
 
  その柚子の言葉は、かすれていて聞き取りにくかった。
 
  
 
  
 
 
 
  一方その頃 ニューヨークのマンハッタン、国連本部
 
  国連本部は大混乱に陥っていた。
 国連決議で、日本国に対する総攻撃が実施されたものの、どういうわけか
 攻撃開始直後から国連軍との連絡がつかなくなった。
 
  核爆発の影響によるエレクトロニクス機器の不具合かと思われたが、
 そうでは無いらしいことはのちに分かった。
 それにしても連絡がつかない時間が長すぎる。
 
  まるで、国連連合艦隊が消滅してしまったと言わんばかりの事態だ。
 
  スタッフが持てる力を総動員して、事態の把握に全力を尽くしている。
 しかし、艦隊への通信は、一向に回復しない。
 
 「なーにー!? だから、大西洋のハワイって何の話だ!
 いいから、お前さんは早く偵察機を飛ばしてくれればいいんだよ!」
 
 「なに? ストリーキングの集団がマンハッタンを練り歩いてる?
 だからなんだ! そんなの知ったことか!」
 
 「パナマ運河を出たら、すぐ目の前にニューギニアがあった?!
 ばかもん! 酒でも飲んでるのか!」
 
 「日本の状況を確認しろ! 偵察衛星のデータを至急送れ!
 あ? なに? 偵察衛星がロストした? ふざけるな! 全部かっ!」
 
 「サンフランシスコの沖合いに巨大な島が現れた?
 何を言っている貴様!」
 
  国連本部にて作戦の様子を見守っていた各国首脳は浮き足立っていた。
 まさか、自衛隊の反撃によって国連艦隊が全滅したとでも言うのか?
 
  国連艦隊には旗艦ネオ・エンタープライズ以下、空母10隻、
 航空機1000機、補助艦艇50隻、攻撃型原子力潜水艦50隻、
 そしてそれらの兵器が運用する核ミサイル、総数300発、
 さらにその他諸々の、人類最大の戦力を預けていたのだ。
  それがいかに世界有数の軍事予算を誇る自衛隊とは言え、この空前の
 大艦隊を一瞬で叩ける戦力は無いはずだ。
 
 「どうなっているのだ。我々の艦隊はどこに行ったのだ」
 
  国連事務総長は苛立っていた。 
 彼は席を立ちあがった。新しいミネラルウォーターを貰おうと思ったのだ。
 本来ならば、こういうものを席に配ってくれるスタッフも、今は別の部署に応援に行っていた。
 仕方なく立ち上がった彼の目の中に、普段から良く見ている国連のシンボルが入った。
 
  ?・・・なにかおかしい。
 
  なんだあの図柄は、確かあそこには地球の図柄があったはずだ。
 それがどうしたことだ? あの出来損ないのラグビーボールみたいな図柄は。
 
  事務総長があまりにそこを見つめていた為だろう。
 何人かがそこを見た。
 
  ・・・なんだありゃ? 
 ラグビーボール? マンゴー? 米粒? タマゴ?
 
  地球って、縦に細長い楕円形だったっけ?
 そうだ、いままでどうして気づかなかったのだろう。
 手元の地球儀が不思議とおかしい。縦に細い。まるで縦に引き伸ばされたか、横を圧縮された
 みたいだ。
 それとも地球儀の空気が抜けて、上下から引っ張ったから、ああなったとでも言うのか。
 
  みんなが気づいた。・・・なんか変だ。
 
  その時、国連のスタッフの1人がこの場に駆け込んできた。
 
 「た、た、大変です!」
 
 「どうした! 何があった!」
 
 「太平洋が・・・太平洋が・・・艦隊が・・・」
 
 「艦隊が見つかったのか? 太平洋か?」
 
 「ち、違います! 太平洋が、艦隊ごと太平洋が消滅してしまいました! 
 地球が、地球が変形しています!」


どうやら事態はとんでもない状況に発展してきているらしい。
 僕ら3人は、一度自宅に帰ることにした。
 なんかもう、分けわかんなくなっていたのだ。
 
  朝起きて、ご飯食べて、身支度を済ませる。
 となりの岸本さんちから柚子が出てくる。
 柚子と一緒に大学へ行く。
 
  大学に着いたら、門の横で一縷が待っていた。
 僕ら3人は一縷と合流して構内へと入る。
 
  大学では、いつもどおりに講義に出る。
 その後お昼になり、僕は学食へと行く。
 
  みんないつもどおりに生活している。
 ただ、サンフランシスコの風景が時々目の端っこにあるのを、無視している
 点は異なっているが。
 
 「・・・ねぇ、結局、どうなっているかしら」
 
  学食で一番安いざるそばを頼んだ柚子は、食欲もなさげに
 そばをつついている。
 
 「そんなこと聞かれても分かるもんかー」
 
  一縷が食堂の机に突っ伏してだれている。
 ・・・良く見ると、うまくおっぱいがつぶれないようにうつぶせになっているようだ。
 手慣れたものだと感心する。
 
 「とりあえず、テレビニュースを見るくらいしか、できる事は無いかもな、
 んじゃ、テレビつけてくるわ」
 
  一縷が席を立ち、食堂備え付けのテレビを操作しに行った。
 一縷が鎖につながれているリモコンを持ち、ピシッとスイッチを押す。
 スイッチか・・・なんか最近、スイッチは好きじゃないな。
 
  しかし、テレビリモコンは忠実に言われたとおりに仕事をするだけだ。
 テレビ画面が表示され、ニュース番組が流れる。
 
  じゃーん、じゃ、じゃ、じゃーんー!
 聞き慣れたイントロと共に、お昼のニュースが始まる。
 
 『緊急特報、日本各地に、外国人のストリーキングの大集団出現!』
 『警察が全国に緊急で警備部隊を配置、すでに外国人が多数検挙されているものの、
 一部は警告を無視し、ストリーキングを続行。検挙に抵抗し、いまだ逃走中』
 『ストリーキングの集団は、一路関東に向かっているとの情報』
 『この集団は、自分たちは戦時捕虜として扱われると、警察に抗議していると・・・』
 
  はて、海が消えたら、次は裸の王様のパレードでも始まったのか?
 ヘリコプターからの空撮だろうか、今度はモザイクだらけの筋骨隆々の男たちが
 国道や県道を集団でランニングしている姿が見える。
 
 「・・・ほら、春だし」
 
  一縷が寝ぼけた顔で言う。そういう問題じゃないだろう。
 と思った。
 
 
 
 
 
 
 
 
  一方その頃 ニューヨークのマンハッタン、国連本部
 
  次々と理解不能な情報が押し寄せ、完全に機能不全と化した
 この本部に、その連絡が舞い込んだのはたった五分前のことだった。
 
 「・・・連絡が遅れて、まことに申し訳ありません、こちらは国連艦隊の所属部隊です。
 私は特殊作戦部隊 隊長 ポール・マラート少佐であります」
 
  久方ぶりの普通な情報に、スタッフ一同は安堵した。
 
 「こちらは国連本部だ、ポール少佐、そちらの状況を伝えたくれたまえ」
 
 「はい、現在我々は日本国内の山梨県というところにいます。
 我々は全ての装備を失っており、この通信はやむをえず、民間の回線を
 用いて行っています」
 
 「民間の回線か・・・盗聴の可能性は高いな」
 
 「はい、しかし、短時間ならば大丈夫と思われ・・・おい! 10YEN硬貨を
 もっといっぱい持って来い! すげー早く無くなる! ・・・失礼、通信の費用が無いもので」
 
 「それは仕方がない」
 
 「はい、それで・・・いや、だからそのタバコ屋の婆ちゃんに謝ってくれって、
 今大事な話をしてるんだから・・・いや、だから」
 
 「・・・少佐? キミはなんの回線を使っているのかね?」
 
 「は、はい、その、民間の小売店の軒先の公共の電話を使っていまして・・・
 はい、装備がすべてないもので、至急補給を・・・できれば衣服等の補給を
 最優先に」
 
  そこで、電話の向こうでなにか騒ぎが発生した。
 
 「少佐、どうしたのかね?! なにかトラブルが起きているようだが!」
 
 「はい、現在、日本の治安組織の構成員に発見されました、その、あの、現在自分たち
 はなにぶん目立つ格好をしておりまして、申し訳ありません、交信はここまでです!
 ・・・おい! 撤収だ! ここから一時ずらかるぞ!」
 
  ガチャカンッ! 
 
  受話器が乱暴に置かれるような音が聞こえた。
 
 
  
 
 
 
 
  ストリーキングのニュースは、とどまる事を知らなかった。
 彼らは日本各地に忽然と出現し、その後各地で小競り合いを起こしつつも
 この関東平野に向かって進んでいるらしい。
 
 「春の風物詩だよ」
 
  ポケらーっとした一縷が、頬を机に置いたままテレビを見ている。
 
 「チルー、女の子がそんなはしたない格好しないの。
 まぁでもこいつら本当になんなのかしら?
 良く見ると、みんな結構ごつい体格しているわね」
 
  柚子が胡乱な目でストリーキングの大群を見つめる。
 勿論、テレビ局のヘリコプターが追いかけて撮っているカメラの映像だ。
 
 「ああ、なんかさ、見たことがあるような街が映し出されてきたね。
 なんか、この近所みたいだ」
 
  ポケらーっとした一縷が、妙な事を言っている。
 
 「あら、そうね、なんだか似たような街並みってあるものね」
 
  そうだな、そういえば、本当にこの辺りに良く似ているな。
 ほら、あの屋根のところ、柚子の家と僕の家の屋根にそっくりだ。
 ・・・はて、本当に良く似ている。
 
  そこで携帯電話の呼び出し音が入った。
 この音は柚子の電話だ。
 柚子はチャチャっと電話を取り出し、応対する。
 
 「はい、お母さん? どうしたの? なんかあった? 
 ・・・なんかうるさくてよく聞こえないよ、なに? ストリーキングの集団が
 窓の外を疾走している? ・・・え?」
 
  ポケラーと化していた一縷が、むくっと起きてくる。
 
 「あ、なに・・・もしかして、あいつら、この近辺をうろついてんの」
 
  そりゃまあ、そういうことにになるのだろう。
 しかし、どこに向かっているんだ? 集まっているっていうことは目的地があるのだろう。
 
 
 
 
 
 
 
 
  一方その頃、ここから走って15分ほどのところにある交差点 
  
  交差点は厳重な検問で固められていた。
 10台以上のパトカーと、50人近い警官たちが、この地に陣取っている。
 
 「警部! やつら、やつらそこまで来ています!」
 
 「落ち着け、大林君! 我々はここであの痴れ者どもの行進を食い止める!
 準備は出来ているか!」
 
  一騎当千の精鋭警察官たちが、それぞれ手に手に捕り物を持ってスタンバイしている。
 彼らは警部の声に雄叫びを上げる。
 ストリーキングども・・・やつらの目的は分からないが、
 まがいなりにも公務執行妨害と猥褻行為、さらにその他諸々の違法行為を現行犯で行っている
 ことは間違いない。
 
  遠くから、地響きのような音が聞こえ始めた。来る、来るぞ、奴らが来るのだ!
 集団の先頭が見えた、やはり全裸の屈強な男たちだ、そしてどういうわけか全員、
 外人さんのようだ。
 とりあえず、警部はメガホンマイクを取って、集団に警告する。
 
 「あーあー、テステス、テスト、マイクのテスト。
 そこのストリーキングの集団、大人しく止まりなさーい。
 無駄な抵抗は罪を重くするだけです、これは警告でーす。
 止まって、大人しくしなさーい ストッープ」
 
 
 
 
  一方、こちらはそのストリーキングの集団
 
  今この瞬間も思い出せる。
 あの惨劇は、歴戦の特殊部隊員であったとしても充分に戦闘神経症に
 なるに足る物だった。
 
  スイッチの確保に向かった特殊部隊員がパラシュートで日本に降下した時、
 崩壊しているハズの日本の大都市が無傷で残っていることから、大きな齟齬は
 始まっていた。
 
  何の抵抗もなく上陸したものの、やはり核爆発は確認できず、
 放射線の測定量も自然状態のそれとなんら代わりないレベルだった。
 
  何かがおかしい・・・。
 
  部隊の面々にも明らかに困惑の表情が見えたが、どんな情況に陥ろうと
 作戦目的である『破滅スイッチ』の確保に変わりはない。
 現場指揮官であるポール少佐は今後の方針と指示を下すため、部隊を集結させた。
 
  部隊全員が揃ったところで、惨劇は起こった。
 
  最初は、天空がキラッと光ったようにしか見えなかった。
 ポールは当初、それを流れ星だと思った。
 だが、それは流れ星ではなかった。
 
  天空の光の玉は、まるで辺りを見渡すように空で少しの間ウロウロした後、
 部隊の終結地に向かって突っ込んで来たのである!
 
 「伏せろー!」
 
  部隊の誰かが叫んだ。
 一斉に地面に伏せる隊員たち。
 あれはなんだ、やはりハイテク国家日本はとんでもない秘密兵器を
 作っていたのではないか?!
 この国の今までの無防備さも、実はこちらの油断を誘う為の演技であり罠だったのかもしれない。
 もうダメか・・・!
 
  そして、光の玉が部隊員たちの集結地のちょうど真ん中に着弾し、辺りは
 白い光の渦に包まれていった。
 
  ああ・・・これが、死か・・・。
 
  多くの隊員が、その時そう思ったと言う。
 
  だが、どうしたわけか、幸いにも死人は1人も出なかった、いや、怪我もしなかった。
 問題があったとしたら、ただ1つ。
 
  なぜか全員、軍服も含めて一切の武装を失っていたことだった。
  もっと言うと、全裸になっていた。 
 
  それからが大変だった。
 もうめちゃくちゃだった。
 それ以降、とにかくなんでもかんでも、手に持ったモノは消えるのだ。
 食べ物と飲み物はお情けなのか(?)消えなかったが、少しでも戦いに使えそうなものは
 木の枝一本、石ころ1つ、持つことができず、軍服の代わりになりそうなものは
 パンツ1つはくことができなかった。はいた瞬間、やっぱり消えるのだ。
 
  これからどうすべきか?
 
  みんなで話し合った結果、
 どんな情況に陥ろうと作戦目的である『破滅スイッチ』の確保に変わりはない。
 と、作戦行動を続けることにしたのだった。
 
  そしてそれから8時間後。
 今度はあちこちで日本の警官に追われる破目になった。
 
 
 「・・・少佐、ポール少佐、どうします? 日本の警官隊が道を塞いでいますが」
 
 「ええい! とどまっている場合ではない! 核攻撃も無力化されたのだ、
 一刻も早くスイッチを回収せねばならない! テロリストに時間を与えるわけには
 いかんのだ! ここは申し訳ないが、警官の網を強行突破するぞ!」
 
 「は!」
 
 「隊員諸君! 奴らの言葉に耳を貸すな! 突っ走れ! 突撃だ! 突破せよ!」
 
  うおおおぉぉぉおおお!!
 
  雄叫びを上げる全裸の兵士たち、ポールは信じる。
 彼らは精鋭だ、例え装備がまったくなくとも(全裸でも)、警官隊の警備網ぐらい、突破して
 みせる!
 
 
 
 
  そんでこちらは警官隊
 
 「ストップ! ストーップ! ストップっつってるだろうが!
 止まれ! 止まれっての!」
 
 「警部、あいつら、聞く耳持ってないみたいですよ。
 それになんか、鬼気迫る形相で突っ込んできますし」
 
 「・・・ふふ、ふふふふ・・・」
 
 「・・・警部?」
 
 「畜生! このド畜生どもが! 揃いも揃って日本の警察、舐めたらいかんゼヨ!
 そうよ・・・見ておけ、大林君! ここが桜の代紋の散りどころよ!」
 
 「散らないで下さいよ警部、2階級特進ですか?」
 
 「やつらを迎え撃つぞ! てめえら準備は出来てるか!」
 
  うおおおぉぉぉおおお!! と、やはり雄叫びで答える警官たち
 
 「全員逮捕だー!! 日本の警察の底力、見せたるワー!!」
 
  警官隊も全裸集団に負けじと突っ込んでいく。
 
  その横で、応援に来ていた近所の老駐在が、冷静に状況を判断していた。
 
 「やれやれ、ストリーキングさんのほうが人数多いしの、突破は時間の問題じゃ、
 応援を呼ばんと・・・あと、50人分以上の救急車じゃな・・・」
 
 
 
 
  
 「アタシ、カレーソバにする」
 
  テレビニュースで警官隊とストリーキングとの乱闘が流れるなか、
 一縷はノホホンと平和そうに食券を買いに行こうとしている。
 
 「サマノスケは何にする? 買ってきてやるよ」
 
  僕は味噌ラーメンを頼むことにした。
 
 「みそ一丁」
 
  ドドドッ
 
 「おう、味噌汁だな」
 
  ドドドッ
 
 「味噌汁じゃないよ、味噌ラーメン」
 
  ドドドッ
 「大変です! 警官隊の検問が突破されました、集団は現在も驀進中です」
  テレビの中で、ニュースキャスターが騒いでいる。
 
 「うん? 幕臣ドド味噌ラーメン?」
 
  一縷、どういう聞き違いだ。 
 しかし、さっきから聞こえるこのドドドッは、なんだ、うるさいな。
 
 「集団が、どこかの施設に突進しています! あ! 入ろうとしています!
 学校のようです! 今、門扉を大慌てで閉じています!」
 
  またまたニュースキャスターの声、なんだなんだ、盛り上がっているのか?
 
  そういえば、なんかガガガッという機械音が、近くから聞こえたな。
 
  それと共に、どこからか振動が伝わってくる。
 その振動につられてか、柚子がハシを落とした。
 
 「柚子、ハシ落としたけど・・・柚子?」
 
  柚子の視線はテレビに釘付けだ。
 何かと思い、僕と一縷はそこを見る。
 
  僕らの大学にある門に良く似た門を、破壊しようと、あるいは乗り越えようとしている
 ストリーキングの集団がいる。
 
  ~もしもアレが、うちの学校だったら、あの辺りの窓から門が見えたな~
 
  と、おそるおそる僕らは学食の外を見た。
 
  いた。
 いた、なんかいる。
 モザイクのかかっていない全裸の男たちが、いる。
 今、ちょうど、門扉を壊して入ってきている。
 
 「ああ! ご覧下さい! 学校の門が破壊されました! 突入していきます!
 ストリーキングの集団が、どこかの学校の中になだれ込んでいます!」
 
  言われなくとも分かる。
 だって今、見えているんだから。
 
 「あ・あ・あああ・・・いやあーーーー!!」
 
  柚子がかん高い悲鳴を上げた。
 
  
 
  
 
  肉が湧いて出てくるみたいに見える。
 筋肉、肉、筋肉、肉。汗と汁と筋肉の噴水だ。
 
  屈強な男達の鍛え上げられた肉体が、壊れた水道管から
 吹き出るみたいに構内に流れ込んできた。
 
 「いや、いや、いや、いや、いやあーーー!」
 
  柚子がものすごい悲鳴を上げる。
 字面的には可愛い悲鳴かもしれないが、本気の悲鳴の破壊力はすさまじい。
 近くにいた僕と一縷は耳をキンキンさせてしまった。
 
 「と、とにかく逃げるぞ! 立てるか岸本!」
 
  一縷が柚子の手を引いて逃げようとする。
 しかし、柚子は腰が立たないらしい。
 
 「や、やぁ、やだぁ・・・腰、腰が立たないよチル・・・」
 
 「ああもう! サマノスケ手を貸せ! 柚子を担いで逃げるぞ!」
 
  一縷は柚子に肩を貸す。柚子がフラフラと立つ。
 ・・・あれ、僕はいらないのでは。
 
 「アタシのカレーソバ、頼む!」
 
  ・・・そっちかよ。まぁいいや、僕はカレーソバとハシを持った。
 
  しかし悪夢のような光景だ。
 なんか昔のゾンビ映画のワンシーンみたいだとも言える。
 次々と全裸の男達の渦に飲み込まれ、弾き飛ばされる学生たち、
 なんかホラー映画そのものだ。
 
 「いやあ、いやぁぁぁ・・・ま、ま、まわされるぅぅぅ」
 
  柚子が、なにか意味不明の言葉を呟いている。
 
 「こっちだ! 上に行くぞ」
 
  一縷が柚子と共に食堂から脱出する。
 僕も慌ててそれを追いかける。
 タッチの差で、窓から全裸集団が食堂内に流れ込んできた。
 巻き込まれた男子学生数名・・・さらば、ヤスラカニネムレ。
 
 「サマノスケ、たぶん死んでないし」   
 
 「お、男の子もまわされるぅぅぅぅ・・・」
 
  柚子は相当混乱しているようだ。
 とにかく、僕らは廊下を小走りに移動し、上の階へ移動する。
 
 「ね、ねぇチル、上に行くより、他の出口を使ってここから出たほうが良くない?」
 
 「いや、ダメっぽい。さっきのヘリコプターの空撮映像を見ていたら、なんかこの学校、
 囲まれたっぽいし」
 
 「ああ、もぅだめ・・・禁断の薔薇の花園の学園よ・・・なんかもうダメだわ・・・」
 
  柚子はかなり錯乱している。
 そういえば昔、そんな題名のパソコンゲームが柚子の部屋にあったような・・・
 確か、ラグビーに青春をかけた男子学生たちが全員、ゲイだったとか言うストーリーで。
 
 「思い出すなあっ!」
 
  バシッと、柚子のチョップが僕の頭頂部に炸裂した。 
 なんだよ、元気あるじゃないか
 それにしても、僕の考えは、どうしてこう外に漏れているんだ?
 
 「おい、じゃれあいはあとにしてくれ!・・・ええっと、ええっと・・・」
 
  3階に来たところで、一縷の足が止まった。
 あちこちから奇妙な雄叫びや悲鳴が聞こえてきていて、安全な場所がどこなのか
 分からなくなりつつある。
 
  うろたえ始めてしまった一縷と柚子。
 僕もなにか出来ないかと思い、ガラス窓から辺りを見渡す。
 
 「サークル棟だ!」
 
  僕は叫んだ。
 
 「あそこは入り組んだ構造をしているし、鍵がかかる部屋も多い!
 あそこに行って、ほとぼりが冷めるまで隠れていよう」
 
 「う、うまくいくかなー」
 
  一縷は不安そうだ。
 
 「で、でも、もうサークル棟への道しか残っていないわ、選択肢も無いんじゃ
 マスのアイデアを実行するしかないわね・・・行きましょ」
 
  僕らは3階の渡り廊下をつたって、サークル棟へと移動する。
 まだここまではやつらも来ていないらしい。
 喧騒が遠くに聞こえる。
 
  しかし、それも時間の問題だろう。
 迷ったり選んだりしている時間は無い。
 僕らは少し奥まったところにあるドアを開け、その中に入り込んだ。
  
  そこは6畳ほどの広さの、薄暗い部屋だった。
 普段はどこかのサークルが利用しているのだろうか、
 机や椅子の配置、あるいは小汚いロッカー等に、妙に生活感がある。
 とりあえず僕は、手に持っているカレーうどんをその辺の机の上に置いた。
 
 「ロープかなんか無いか? いざとなったら窓から下に降りるぞ。
 カーテンを外してロープ状に縛るのもいい、やれるだけやっておこう」
 
  一縷がカーテンを外したり、外を見て確認したりしている。
 その横で柚子は椅子に座って一息ついていた。
 
 「へ、へぇ、はぁ、ふぅ・・・こ、怖かった」
 
 「まだ、安心できないぞ、岸本。やつらの速度なら、すぐにでもここに来るはずだ。
 逃げるルートを今のうちに確認しておいたほうがいい」
 
 「それはそうだけど、一息つかせて、・・・あら?」
 
  柚子の あら? の先には、一枚のメモ用紙があった。
 柚子は何気なくそのメモを手に取ると、それを読み始めた。
 
 
 
 
 『最後のスイッチの投下が確認されました。
 場所はちょうど、裏の山の頂上だと思います。
 私はこれからそこに行って、スイッチを確保した後、最後のスイッチを押します。
 部員の皆さんは、このメモを見た後、私の後を追いかけてください。
 そのさい、なにか冷たい飲み物や軽い食べ物等があると嬉しいです。
  
  梨木    PS、ロッカーには触らないで下さい』
 
 
  ・・・あら、もしかしてこの部屋は・・・
 
 「サークル棟! この部屋、梨木さんのサークルの部屋だわ!」
 
  柚子が叫ぶ。
 
 「その梨木ってやつは、スイッチを取りに行ったのか?!」
  
  一縷がカーテンを結ぶ作業の片手間、柚子からメモを奪い取り、確認する。
 
 「間違いない、この梨木ってやつはスイッチの落ちるところを見たんだ、そして
 取りにいったんだ、最後のスイッチを押す為に・・・!」
 
  一縷が無造作にメモを捨てた。それを僕が拾う。
 ・・・そうそう、さっきから気になってたんだよ。
 PS、ロッカーには触らないで下さいって書いてあるとさ、ついつい開けたくなっちゃうよね。
 
  ガチャガチャ、僕はロッカーの取っ手に手をかけて、開けようとした。
 ・・・開かない。そりゃそうか、ロッカーにはカギがかかるもんな。
 
 「サマノスケ、開けたくなる気持ちは分かるけど、それだって一応女のロッカーなんだぜ、
 開けようとすんなよ」
 
  一縷に怒られた。まったくその通りだ、すいません。
 
  僕がロッカーの取っ手から手を離すのと同時に、大勢の人間が走る足音が近づいてきた。
 あいつらだ、あの全裸集団だ。
 
 「一応、この部屋にあいつらが入ってくるかどうかは分からないけど、時間稼ぎだ。
 机やロッカーを扉のところに並べよう」
 
  一縷の提案だ。僕と柚子は即座にうなづき、えっさほっさと机を並べる。
 カレーうどんはとりあえず、置かれたまま。
 ロッカーはやけに重かったので、3人で運んだ、というかずらした。床が傷だらけに
 なっちゃった。
 
 「ふぅ、これで少しは大丈夫かしら」
 
  と、柚子が一息ついたところで。
 あの足音がどんどん近づいてくる。どんどん、どんどん近づいてきて、そして・・・
 この部屋の前で止まった。
 
  扉越しにも感じる熱気。
 男達の汗と息に汚染された大気が、この部屋の中に染み込んでくるみたいだ。
 
 「・・・!!」
 
  男たちが何か騒いでいる。
 英語だろうか、良くわからないが、あまり友好的な感じではない。
 
 
  数秒の沈黙の後、ドアのノブをガチャガチャと乱暴の扱う音がした。
 そしてドアに鍵がかかっていることを確認したあと、次に数秒の間隔があった。
 
 「あいつら、ドアをぶち破る気じゃ・・・」
 
  一縷の懸念は、残念なことに正しかった。
 
  ドンッ!
 
  地響きと、衝撃、建物が揺れ、ホコリが舞う。
 間違いない、彼らはあのドアを壊して、この部屋に入ってくるつもりだ。
 
 「おい! サマノスケ、柚子、手伝え!」
 
  僕らは慌ててカーテンを結び?げるのを手伝う。
 その間も数秒おきに衝撃が走る。体当たりしているのだろうか、凄いパワーだ。
 スチール製の扉と蝶番が、みるみるうちに歪み、壊れていく。
 
 「わ、たたた、つ、?いだ! ?ぎ終わったわ、チル!」
 
  即席ロープが出来た。
 一縷はそれを窓の枠に結ぶと、手招きする。
 
 「まず岸本から降りるんだ、一人ずつだ、ロープの強度が足りない可能性が高い。
 それからサマノスケ、アタシは最後に行く。
 ロープの高さが少し足らないかもしれないが、最後は少し飛び降りてくれ、
 大丈夫、怪我はしないはずだ!」
 
  ドンッ! ドンッ! ドンッ!
 
  幾度もの体当たりの音。
 もう限界だ、扉が完全に歪んでいる!
 
  柚子は思ったり早く下りたらしい。
 さっそく僕もロープを伝って下に降り始める。
 
  ドンッ! ドンッ! ドンッ!
 
  そして、僕の頭が窓からちょうど見えなくなるその瞬間、ついにドアが破壊された!
 
  ドゴンッ!
 バガラッガシャガンッ! 
 カシャーン ブチョ。←カレーうどんがぶちまけられた音。
 
  外れた戸板と共に、簡易バリケードとしていた机やロッカーが押し倒された。
 倒れた際の衝撃だろう。ロッカーの戸が外れた。
 
  全裸の男たちが入ってくる。
 そして、僕らと男達の目の前に、ロッカーの中身がぶちまけられた。
 
  ロッカーの中身は、あのスイッチだった。
 大量のスイッチが、床に無造作に転がっている。
 
  男達はスイッチをいくつか拾い、確認している。
 そして・・・確認したあと、男たちはゆっくりと一縷に迫ってきた。
 
 慌てて逃げようとする一縷の手を、肩を、全裸の男たちが掴む。
 
 「い、い、」
 
  一縷が絶叫した。
 
 「いやあああ!! 毛虫、気持ち悪いー!」
 
  いつもの合気道の技だろうか、見事に男達の手を振り切った一縷は、
 思わず相手の股間を蹴り上げた。
 
  バキョッ バキョッ バキョッ
 
  ちょうど3人いたのだろう。
 神速の蹴り技が、3個の何かを蹴ったらしい。
 
 「ノオォォォーーー!」
 「オーマイガー!」
 「ママーッ! ママーッ!」
 
 「うええぇーーーん!」
 
  声にならない悶絶声をあげて、股間を抑えて転がりまわる全裸の外人さん。
 蹴られていないはずの目撃者も、なぜか急所を押さえて痛々しそうにしている。
 そして蹴りを放った当の一縷は、ロープは一人ずつ使え! と言っておきながら、
 半泣きになりつつ、僕を乗り越えてマッハで下に降りて行った。
 
 「オゥ、ジーザース・・・」
 「メディック! メディッッーク!」
 
  なんだろ、外人さんが叫んでいるのが遠くに聞こえる。
 ああそうだ、衛生兵! って言ってるんだ。あの人たち、軍人さんなのかな。
 まさかね。  
 
 
 
  僕はカーテンのロープを下って地上に下りる。
 そこでは半泣きの一縷をあやしている柚子の姿があった。
 
 「いや、いやだ・・・ピンク色の毛虫が、毛虫を潰したらピンクのなんかが・・・」
 
 「よ、よしよし、怖かったわね、もう大丈夫よ、チル」
 
 「毛虫が、毛虫の卵が2つ・・・つぶしちゃった・・・」
 
  ああ。潰してしまいましたか。
 それはお気の毒に。
 
  チーン。僕は心の中で毛虫の卵の冥福を祈った。
 生まれ変わりがあるのなら、せめてその時は女として生まれろよ。
 
  しかし今度は一縷が立てなくなってしまった。
 僕と柚子は一縷に肩を貸して、学校の裏の出口に向かう。
  
 「チル、大丈夫? しっかりして」
 
 「くすん、くすん。ぐったりした毛虫・・・やだ・・・」
 
  そうとうな精神的ダメージを被ったようだ。
 しかたない、とりあえずどこかで休んだほうが良いな。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  一方その5分後、ニューヨークのマンハッタン、国連本部
 
  働き詰めで半死半生のゾンビのような集団と化したスタッフの元に、
 今日で何度目かの交信が入ってきた。
 
 「こちら、国連艦隊の所属部隊です。
 私は特殊作戦部隊 副隊長 ランドリュー・スミス大尉であります」
 
 「はい、こちら本部。ポール少佐はどうしました?」
 
 「ポール少佐は、その、スイッチと関係があると思われた現地住民を
 拘束しようとしたところ、抵抗されまして、その、重傷を、名誉の負傷を」
 
 「そうか・・・貴重な人材だっただけに残念だ」
 
 「・・・はい、少佐の遺族にはなるべくのお心遣いをお願いします」
 
  死んでないですよー。と、遠くから衛生兵の声が聞こえた。
 
 「ところで、ランドリュー大尉」
 
 「はい、何でありましょうか」
 
 「先ほどから日本のマスコミの中で、ストリーキングの集団が
 乱暴狼藉を繰り返していると報道しているのだが・・・これに関して、キミは何か
 報告すべき事柄は無いのかね?」
 
 「・・・特に何も」
 
 「うむ、それならいい」
 
 「それと、自分たちは現在地で、スイッチに関する重要な手がかりと思われる
 メモを発見しました。我々は以後、このメモの情報を元に行動したいと思います」
 
 「頼む、君たちだけが最後の希望だ。・・・ところで、全裸集団に関して、本当に何も
 知らないのかね?」
 
 「・・・知りません。
 ああいけない! 通信費用の10YEN硬貨が無くなりつつありますので、これで通信を
 切ります」
 
  ここで、受話器が置かれた。
 
 「アンドリュー大尉? アンドリュー大尉?! 
 ・・・テレビでやってんだから隠してもバレてるのに。
 それにしてもあいつら何で裸なんだ?」
 
 
 
 
 
  
 
 
 
 
  同時刻の日本国、関東地方の一大学の構内
 
 
  なんとか全裸集団から逃げおおせた僕らは、人のいない所を探し、塀をよじ登って
 外部へと脱出することに成功した。
 
 「こ、こんな体験、二度とできるものじゃないわね」
 
  窮地を脱出したからか、柚子が軽口を叩く。 
 
 「二度なんて真っ平ご免だ!」
 
  その軽口に、一縷が返す。
 
  ま、それにしたってあの筋肉の洪水に巻き込まれなかったのは幸いだ。
 さあお家に帰ろう。
 
  自宅の方向に向かって僕は歩き出した。
 
 「まて、帰るな」
 
  むんず と、一縷が僕の服の襟首を掴む。
 ゲホゲホ、酷いよ一縷。なんだってのさ。
 
 「まだ、やるべき事がある。サマノスケは男の子だろう?
 これからちょっと付き合え」
 
  一縷がガシッと、その腕を僕の首から肩に回す。
 こんな時になんですが、僕は一縷の乳房の偉大さを実感していた。
 でも、なんか柔らかい物の中に、硬い物もあるな。
 なんでしょう? コレが女体の神秘?
 
 「スイッチを取りに行くぞ、サマノスケ」
 
 「いや、あのさ、もうこれだけ事態はわけの分からん方向にねじくれ曲がって
 いるんだし、スイッチを手に入れたところで、もうどうしようもないのでは?」
 
 「何言ってやがる。確かにもう、なにもかもメチャクチャだ。
 だが、1つだけ分かっている事がある」
 
 「はあ、それは?」
 
 「このまま放っておけば、世界はもっとメチャクチャになる。
 そして最後のスイッチが押されるまで、もう時間が無いってことだ。
 それだけは分かる」
 
  一縷はそう言うと、自分のTシャツの中をゴソゴソとまさぐり・・・。
 あの赤い『破滅スイッチ』を取り出した。
 いつの間に取って来たんだ?
 
 「もしかして、さっきのロッカー?! ・・・梨木さん、隠し場所が安直すぎよ」
 
 「298/299。最後の1つが、どうやら最後の希望のようだな」
 
 
 
 
  僕たち3人は、最寄の駐車場へやってきた。
 なんでも、一縷のバイクは普段ここに止めているらしい。
 
 「岸本は後からついてきてくれ、なるべくなら、なにがしかの情報を集めてから
 来てもらえると助かる。サマノスケはアタシの後ろだ。ほらメット」 
 
  一縷がポーンッとヘルメットを投げてよこした。
 
 「うん、よし、サマノスケ行くぞ! 
 岸本、そんじゃまた、山で会おうな」
 
  一縷が、ご自慢の1100CCバイクのエンジンをかける。
 ゴルルルル・・・といった感じの重低音が響く。
 
  一縷は少しごつい革ジャンを着込み、バイクに跨る。
 
  なかなかさまになっている。
 というか、僕より男前かもしれない。
 ボン・キュ・バンのナイスバデイのくせに一縷め、男前とは生意気な。
 
  各部の点検はもう済んでいるのだろう。
 一縷はいかにもバイクのヘルメットっぽいヤツをかぶり、いつでも発進できる状態だ。
  僕はさきほど一縷から渡されたフリッツヘルムタイプのヘルメットを被っている。
 何度かこの2人乗りは経験しているから、多少は慣れているつもりだ。
 
  彼女の後ろにつき、お腹の辺りに手を回す。
 
  ブロロロロ~
 
 
  柚子の見送りつきで、バイクは走り出した。
 うまくいけば、20分後には山の中腹までは行けるはずだ。
  
  3分ほどで、バイクは広い幹線道路に出る。
 道は、いつもより走行している車が少ないようだ。
 思っていた以上にスムーズに道を進む事ができた。
 
  しかし、一縷はスイッチを手に入れてどうするつもりなんだろう?
 聞くは一時の恥とか思い、僕は質問をぶつけることにした。
 
 「一縷!」
 
 「なんだー!?」
 
 「一縷はさ、スイッチを手に入れて、どうするつもりなんだー?!」
 
 「さあな! まだ考えてないよ!」
 
  そうなの?
 
 「どうするもなに無いだろう! スイッチが押されれば、何もかも無くなるんだろう!?
 そうなってからじゃ考えようも何もないじゃないか!
 だから、とにかくスイッチは取る! それをどうするかはそれから考える! 以上だ!」
 
  なるほど、一縷はそう考えたのか。
 合理的と言えば合理的だが、なんだか一縷らしい考え方のような気がした。
 
 
 
 
 
 
  しつこいようですみませんが、一方その頃。
 
  アメリカ国防総省ペンタゴン。
 五角形の頭脳の要塞の地下1000メートルの場所の、
 秘密の核実験施設『ネクロドグマ』。 
 
  アメリカ合衆国大統領はこの場で、国連の不甲斐なさを痛感していた。
 あれだけの戦力を預けてやったのに、あの体たらくはなんだ。
 そもそも核ミサイルも撃ってないんじゃないのか?
 300発もの核が爆発して何も起こらないなど、ありえない。
  それにあれはなんだ、全裸の特殊部隊員。
 そんなもの聞いたこともない!
 あまりにもお粗末だ!
 
 「これだから国際協調などダメなんだ! 国連など役に立たん!
 申し訳ないが世界平和の為だ! 我がアメリカはこれより独自行動に移る!
 国連に通達せよ!
 国連部隊を早急に引き上げさせろと! こうなっては邪魔なだけだ」
 
  大統領の側に控えていた側近の何人かが、慌てて外に駆け出していく。
 そして大統領は電話を取ると、かねてから指定してあった場所につないだ。
 
 「おはよう、キャプテン・ジョニー。キミの隊員に銃を取ってもらうことになったよ」
 
 「はい、ありがとうございます、大統領閣下。
 我々、アメリカ軍中の最強部隊 『パワードスーツソルジャー中隊』に
 全てお任せください」
 
 「うむ、期待している」
 
 「はっ」
 
  かちゃん、受話器が置かれた。
 
  大統領は思う。
 なんのことは無い、最初からこうしておけば良かったのだ。
 機械の鎧を身にまとう、世界最強、いや、人類最強の兵士たちならば、
 彼らならば、最初からスイッチの強奪などたやすかったのだ。
  やはり、世界はその警察たるアメリカの力を必要としているのだ!
 
 「世界を破滅させるスイッチなどは我々が管理するべきだよ。
 少なくとも、私はそう思うがね」
 
 
  
 
 
  同時刻、日本近海上空。
 
  戦略爆撃B-52の改造機、通称パワードエアフォートレスの中、
 重厚な機械音を発生させる奇怪な人形があった。
 
  いや、それは人形では無い。
 ヒトが中に入って動かす、強化歩兵用装備。
 出力800馬力の人間型ワンマン戦車。
 
  彼らの言うところのパワードスーツである。
 デザインはどことなく(と、いうかもろそのもの)ボ○○○のスコー○○〇○に
 似ていた。もしもこの作品が映像作品なら、この場面には全面的にモザイクが
 かかる所だった。危ないところだった。
 
  ガシャ、ガシャ、ガシャ。
 
  身長3メートル強の巨人の鎧に、付属装備としてグライダーシステムが取り付けられる。
 前代未聞の降下作戦が、これより始まるのだ。
 
 「フシューッ いいかこの最高のくそったれ野郎ども!」
 
  このパワードスーツ中隊を指揮するのは歴戦の勇士である
 キャプテン・ジョニーである。
 
 「これから俺たちは、国連軍のベイビーどものかわりに特殊任務につく!
 せいぜいこの任務を楽しんでやって、あのヒヨッコどもを笑い飛ばしてやろうぜ!」
 
  ゲラゲラゲラと笑い声がマイクを通して響く。 
 
 「いいか! 油断するな! 弔慰金の欲しいやつから前に出ろ!
 オレサマ直々にそのケツを蹴り付けて、地獄の底に叩き落してやるから感謝しろ!」
 
  サーッ、イエッサー! と隊員全員が続く。
 
  そこで、作戦開始を告げる合図が、B-52の機長から伝えられた。
 
 「キャプテン! 時間だ!」
 
 「オーケイ! いくぜ! ゴーッ! ゴーッゴーッゴーッゴーッ!!」
 
  テクノロジーの甲冑に身を包んだ、現代の重装歩兵たちが空に放たれる。
 飛び立つと同時に、パワードスーツは次々と透明になって見えなくなった。
 パワードスーツの機能の一つ、光学迷彩だ。
 目的地は日本のある山岳地帯。そこでテロリストのスイッチを奪還するのだ!
 
 
 
 
 
 
 
 
  
  そんで、こちらは日本国 総理官邸
 
  ここは総理官邸の地下に存在する緊急事態対策本部。
 ピカピカと光る各種モニターを前に、自衛官や官僚達が力なく横たわっていた。
 
 「機動隊、配備につきました。現在各地でストリーキング集団と衝突しています」
 
 「うん」
 
  日本国首相は、ただ力なくうなづいた。
 
 「放水車の使用、及び場所によっては催涙ガス弾を使用しています。
 集団を鎮圧するのも時間の問題です」
 
 「うんよかった」
 
 「それと総理。アメリカからの情報が入っています」
 
 「うん」
 
 「『今回の事態の経緯を憂慮し、我々は独自に部隊を展開し、スイッチの回収を
 図る。日本国の政府、及び諸機関は我々の隊員の行動を妨げることのないように
 通達をお願いしたい』とのことです」
 
 「うん」
 
 「・・・返事は『うん』ですか」
 
  総理は他のスタッフと同じように机に突っ伏した。
 そしてその姿勢で力なく答えを返した。
 
 「うん」 
 
 
 
 
 
 
 
  同時刻、山の中。
 梨木ミルは、1人せっせと山道を歩いていた。
 
  途中まではロープウェーを使ったのだが、山頂まではある程度
 歩かねばならないらしい。
 
  スイッチの1つは、歩いてしばらくして木の枝に引っかかっているのを見つけた。
 木をブンブンと揺さぶると落ちてきたので、拾っておいた。
 さらに言うと、そのスイッチはいつもの調子ですぐに押してしまった。
  あと1個だ、頑張ろうと思った。
 しかし、さすがにスカート姿で来たのはまずかったと後悔していた。
 
 「困りましたわ・・・喉も渇いてきたし」
 
  途中で見かけた自動販売機(なんでこんなところにとは思ったが)で
 ジュースを買ったのだが、量が足りなかった。
 
 「だって1本200円なんて、ありえませんわ。これも日本の政治が
 悪いからかしら」
 
  正確には単なる輸送費用と手間費の上乗せである。
 
  そもそも、この広い山の中で、あんなスイッチを見つけるなんて、
 部屋の中でゴマ粒を探すより難しい。
 クロノスブライトのメンバーとは連絡もとれないし、なんだか1人で寂しいし・・・。
 そう思っていた時だった。
 
  ミルの視界が突然開けた。頂上に着いたのだ。
 標高300メートルも無い山ではあったが、やはり格別の景色だ。
 そう言えば、山登りなんて本当に久しぶりだろう。
 
  そうだ、スイッチを探そう。そう思ったところで。
 
  それはあっさり見つかった。
 最後のスイッチが、山頂の広場に、無造作に転がっていた。
 
 「・・・案外、拍子抜けですわね」
 
  しかし、これは幸運とも思えた。
 いや、これこそまとに全能神クロノスブライター様のご加護だ。
 ミルは確信を深めた。
 
 「そうだわ! 教団の皆さんが来てから押すことにしましょうか。
 みんなも、きっとこの世界の最後を見届けたいと思うはずですわ」
 
  両手にスイッチを抱え、ミルは山頂の岩に腰掛けた。
 
  そんな彼女の頭上にいくつもの影がかかった。
 鳥の影のような感じだったが、それにしては数も多すぎるし、影自体も大きかった。
 
  ミルは空を見上げた。
 そこには何も見えなかった。
 けど、何故か影はあった。
 
 「・・・この影、なにかしら」
 
  姿かたちの見えない何かが、風切り音だけの何かが、
 ミルのいる山頂の周りを飛んでいるようだった。
 やがて、その影の主たちが降りてきた。
 
  よくよく見ると、ヒトの形に歪んだ透明な空間がいくつも見えた。
 そのうち歪みの一つ一つに色がつき始めた。
 色がつくと、そこにはSF映画の世界から抜け出してきたとしか
 思えないような大きなロボットが、何体も何体もあった。
 手に手に、見たことも無い大きな銃を持っている。
 (ミルが見たことの無いだけで、実際には12.7ミリ口径の機関銃である)
 
  その総数は100体以上はあろうか。
 ミルはただ、それを呆然と見上げていた。
 
  
  ロボットのうち、一体がミルの持っているスイッチを見た。
 (見たと思わしき行動を取った。ロボットっぽいし、機械だし、表情は無いし、
 はっきりとは言えない)
  
 「アーアー、ジャパニーズ、アー、聞こえているか? この言葉を理解できているか?
 理解できるのならうなづいてくれ」
 
  どうやらこいつらはロボットではなく、中に人が乗っているものらしい。
 コクコクと、ミルはただうなづく。
 
 「OK。ならば続ける。その手にあるスイッチをこちらに渡すんだ」
 
  そのロボットはミルのほうに腕を伸ばしてきた。
 
 「な、なにするの!」
 
  ロボットの手は何かを掴もうとして・・・何かにはじかれた。
 
 「へっ?」
 「へっ?」
 
  ミルとロボットのパイロットの声が重なる。
 ロボットは驚いた(ように見えた)らしく、ミルのほうをじっと見ている。
 次にロボット達はその手にある巨大な銃をミルに向けた。
 
  ジャカジャカジャカッ おもちゃ箱を盛大にひっくり返したような音が響いた。
 
 「抵抗するな、悪いようにはしない。大人しくしてくれ、我々も民間人を殺すのは
 本意では無い。だが、同時に警告する。キミは非戦闘員として・・・」
 
  バシンッ!
 
  今度は、一番近くにいたロボットが弾き飛ばされた。
 10トンはありそうな鋼鉄の固まりが、数メートルは後方に吹っ飛んだ。
 
  ガシャガシャガシャ! ロボットたちが銃に何かの操作をした。
 
 「ノーファイヤ! 撃つな! 何をした! 抵抗するな! これ以上抵抗すると、
 我々は実力を行使せざるを得なくなる! 警告する! 抵抗するな! 命の保障は出来ない!」
 
  ミルは恐怖で頭がいっぱいになった。
 そもそもこいつらはなんだろう。闇の子の尖兵だろうか。
 いや、そんなことはどうでもいい。ただ、スイッチを渡しても、
 自分が無事に済むとはあまり思えなかった。
 
  そう、考えた瞬間だった。
 
  スイッチが光った。白く光った。
 
  白く光ったスイッチが、ミルの周囲にぼんやりとしたバリヤーのようなものを作り出した。
 
 
 
 
 「ウ、ウ、ウオオォォォオオ!」
 
  ロボットの一体が、緊張のあまりか銃を撃った。
 12.7ミリの、人間など簡単に粉々にする機関銃弾が数百発も撃たれた。
 
  そしてその数百発の弾丸は、白い光の壁に吸い込まれて、全て無くなってしまった。
 
  ロボットの中の誰かが生唾を飲んだ音まで聞こえた。
 この現象は、一体なんだ?
 
  白い光の壁は、完全にミルを包み込むと、何かの音声を発し始めた。
 
 『最終スイッチの所有者が、被危険意志にさらされていると AI0089が認定』
 『AI 0021認定』
 『AI 0158認定』
 『AI 0215認定』
 『AI 0005認定』
 
 『認定は承認された。これより本プログラムとAIシステムは個体名 梨木ミルを
 最終意志決定者として防衛する』
 
 『繰り返す。個体名 梨木ミルを最終意思決定者として防衛する』
 
 『警告する。今後、最終意志決定者の意思決定になんらかの強制力を持って近づく者は、
 何人たりといえども消滅させる』 
  
 『繰り返す。最終意志決定者への強制力は、なんであり消滅させる』
 
 
 
 
  それは日本語のように聞こえたのだが、なぜかロボットの中の隊員たちにも理解できた。
 
 「キャプテン! どうする!」
 
  パワードスーツを着込んだ隊員たちに動揺が走る。
 
 「・・・仕方ない、任務のためだ! 撃て!」
 
  一瞬の静寂のあと、隊員たちはパワードスーツを動かし、
 射撃の為のフォーメーションを展開する。
 
  そして、なんの迷いも無く、引き金を引いた。
 
  大気を引き裂くような、強烈な銃撃音が辺りに響いた。
 射撃は弾丸がある限り続いた。
 
  数百万発もの銃弾が、小さな空間に撃ち込まれた。
 
  そして、弾丸は、一発たりとも白い光の壁を突破できなかった。
 
  壁が喋った。
 
 『警告する、武器を捨てろ。警告する、武器を捨てろ』
 
 「ちっくしょう! ふざけやがって! これでもくらいやがれ!」
 
  新手のパワードスーツが後ろから出てくる。
 巨大な無反動砲を抱えたタイプの機体だ。
 場所が狭いから5台も並ばないが、それでも圧倒的な威圧感だ。
 
 「ファイア!」
 
  無反動砲が発射された。
 短距離なら戦車すら破壊できる、絶大な火力が投射された。
 
  閃光と、爆発。
 だが、白い光の壁は、まったく無傷でたたずんでいた。
 
 『警告無視。事態収拾のため、武装解除プログラム展開』
 
  白い壁がわずかに唸った。
 それだけだった。
 ただそれだけで・・・パワードスーツが消滅した。
 
  あとには、全裸の兵士たちだけが残った。
 
 『は?』
 
  ドサドサドサと、兵士たちが少し高い所から落ちた。
 
 『警告する』
 
  壁が唸る。
 
 『諸君らは最終意志決定者に強制力をもって接した』
 『このスイッチの能力の行使の有無は、完全なる自由意志によって決定される』
 『決定者の自由意志を阻むことは許されない』
 『今後、同じような事が起こった時は、命の保障は出来ない』
 
 『繰り返す、命の保障はできない』
 
 
 「てっ、撤収! 撤収ー!」
 
 「後退せよ! 態勢を立て直す! 補給を! 補給を要請しろ!」
 
 「しかし隊長! 通信装置を失っています!」
 
 「・・・民間の通信施設を接収しろ! ああ、公衆電話でも何でもいい!」
 
  こうしてまた、全裸の特殊部隊が生まれた。 
 
 
 
 
  一縷と僕を乗せたバイクは、山道に入った。
 曲がりくねる細い道をスイスイと駆け抜けていく。
 
 「そろそろ頂上だ。着くぞ」
 
  一縷がバイクの速度を落とす。
 途中『山頂』と書かれた、やけに立派な石碑が立っていた。
 
  砂利の敷いてある広場に出て、一縷はバイクを止めた。
 駐車場の脇にある小道から50メートル程度行った所に山頂はある。
 僕と一縷はバイクとメットを置くと、その小道を走った。
 
  すぐに視界が開けた。
 山頂だ。
 そしてその山頂の岩の上に、梨木さんがボーッとして座っていた。
 手には、あの赤いスイッチを持っている。
 
 「・・・ミル・・・?」
 
  僕は何歩か彼女に近づいた。
 
  僕の足音の気がついたのだろう。ミルは呆けた顔でこっちを見た。
 
 「・・・あら、うちのメンバーかと思ったのですけど、鱒乃助さんでしたか。
 途中でうちのサークルのメンバーを見ませんでした?」
 
 「いや、見なかったよ、それより・・・」
 
 「あ」
 「あ」
 
  そこで僕の話を遮る、2つの『あ』が発せられた。
 
 「あ?」
 
 「あ・・・お前は!」
 
  一縷がミルの顔を見てオタオタしている。
 
 「おまえは、昔アタシが助けた、百合ジョシコーセーじゃないか!
 自称は確か・・・ミーちゃんだったけ」
 
 「そうです、ミーちゃんです! そんなあなたは・・・もしや手塚一縷様!
 一縷様ですか!?」
 
  キラキラとした顔で、ミルは一縷を見つめている。
 一縷は『ウワーッ』って言う顔でミルを見ている。
 
  えーっと、2人はお知り合いですか?
 
 「はい、あれは忘れもしない一昨年のこと。闇の子に洗脳された魔の者に、
 私が襲われた時のことです」
  
  キラキラキラー。ミルの目が輝きを増していく。
 けど、闇の子に洗脳された魔の者って?
 
 「・・・たぶん、変質者のこと」
 
  なるほど。
 
 「颯爽と現れた一縷様が、白馬の王子の如く、敵の魔の手から私を救ってくださったのです。
 あの時の一縷様の勇姿は、いまだにまぶたの裏に焼きついて離れません」
 
  はぁ。
 
 「それで一縷。百合ジョシコーセーって何?」
 
 「ううっ、勘弁してくれ。アタシはこいつに一時期つきまとわれていたんだ。
 なんかやけにベタベタと触れてくるし、わけのわかんない話はするし・・・
 挙句に果てに」
 
 「一縷様、今でもミルは、一縷様をお慕い申し上げております」
 
 「・・・って言うんだよ。わかってくれよ。アタシはそっちはノーマルなんだ。
 同性愛の相手なら他を当たってくれ」
 
 「受け止めてあげたら? 一縷、女の子にモテるでしょ」
 
 「馬鹿言うな! 当時でさえ、アタシは周囲の友達から散々冷やかされたんだ」
 
 「そう・・・一縷様は、やはり未だに岸本さんを好いていらっしゃるのですね・・・」
 
 「え? そうだったの?」
 
  予想だにしない急激な展開だ。
 まさかそんなユリな真相が秘められていたとは・・・。
 
 「ちーがーうー」
 
 「ああ憎い! やっぱり私、岸本さんが憎いです! 
 一縷様を何年も独り占めにしただけでは飽き足らず、
 そこの鱒乃助さんという人まで弄ぶ!」
 
  僕まで弄ばれていたとは。
 
 「さあ、一縷様。このような浄化されるべき汚れた下界を許してはなりません!
 このスイッチを私と共に押して! 汚れの無い新世界の到来を祈りましょう!」
 
 「う・・・うんうん! そうだ、そうだな。スイッチを押すべきだよ。
 よし、アタシが押してやろう」
 
  一縷? なにを言ってるんだ? スイッチが押されるのを防ぐ為に来たんだろ?
 僕が不審な目で一縷を見ていると、一縷はボソボソと僕にだけ聞こえる程度の声で呟く。
 
 「・・・こうなったらウソも方便だ。とりあえずスイッチは取り上げる」
 
  おお、頭脳プレイと言うヤツでありますか。
 
  しかし。
 
 「ウソです。一縷様はウソをおっしゃっています」
 
  バレバレだよ。
 
 「一縷様のウソは、何回も聞かされました。あの時の遊園地行きもウソ。
 デートの約束もウソ。ケーキの食べ放題に行く約束も、ウソでしたもの。
 お慕いする方の考えることなど、ミルにはお見通しです」
 
 「いや、その、面目ない」
 
 「もういいです。かくなる上は・・・!」
 
  予備動作も無く、ミルはスイッチを押そうとした。
 危ない! しかし一瞬早く一縷が動き、ミルの手を取った。
 
 「押させるわけには、いかないんだって!」
 
 「いや! 放して! 放してください一縷様!」
 
  一縷のほうが基本的に腕力はある。普通なら
 ミルからスイッチを奪うことは用意だったろう。
 そう思ったその時だった。
 
  スイッチが白く輝き始めた。
 そしてスイッチから、奇妙な音声が発せられた。
 
 『警告する。何人たりと言えども、スイッチの最終意志決定者の
 自由意志を損なってはならない』
 
 『警告する。敵対行動を止めよ』
 
  スイッチが、喋っている?
 ビックリして思わず手を止めた一縷から、ミルが数歩離れた。
  
 「な、なんなんだ?」
 
 「一縷様、下がってください。このスイッチには私を守る機能があるらしくて」
 
 「くそっ、なんだか知らないけど、スイッチは渡してもらうぞ!」
 
  一縷が再度、スイッチに飛び掛る。
 だが、一縷の行動は、スイッチから発せられた奇妙な白い光に阻まれた。
 
  スイッチはなおも続ける。
 
 『君は最終意志決定者に強制力をもって接した』
 『この世界の終局は、完全なる自由意志によって決定される』
 『決定者の自由意志を阻むことは許されない』
  
 『警告無視。事態収拾のため、武装解除プログラム展開』
 
  白い壁がわずかに唸った。
 
 「だ、ダメダメ! それだけはダメ!」
 
  どうしてか、ミルが慌てる。
 
  一縷の周囲に白い光が出現した。そして・・・一縷の服が消えていく?!
 
 「わ、わわわ! な、なになに?!」
 
  あわてて服を抑えようとする一縷。
 だが、服は全て消えなかった。なんとか残っている。
 正確に言うと、ブラとホットパンツと化したジーンズだけだ。
 
 「わわ! な、なんだよコレ!」
 
  あらためて自分の格好を確認したのだろう。
 一縷はその腕でブラに包まれた豊かな乳房を隠す。
 
 「・・・何してる! サマノスケ! お前の上着をよこせ!」
 
  一縷に上着を取られた。寒いよう。
 
 「もう止めてください一縷様。このスイッチの機能は強力です」
 
 「そうは行くもんか! ・・・おい梨木! お前には悪いけど、
 いまこの世界を消されるわけにはいかない」
 
 「け、けど、私を止めようとしても無駄ですよ?
 スイッチの能力で、一縷様が恥を掻くことになります」
 
 「・・・そうか、そうだな」
 
  ふっと、一縷の体から力が抜けた。
 
 「ごめん、ごめんな梨木。でも、でも最後に言わせてくれ・・・
 世界が消えてしまう前に言わせてくれ。あの夏の真実を」
 
  寂しげに一縷が微笑む。
 
 「真実?」
 
 「そうだ・・・実はアタシは、本当はミルの事が好きだったんだ!」
 
  おいこら。僕は心の中で盛大に突っ込みを入れた。
 いくらなんでも、いまさらそりゃないだろう、一縷。
 
 「こんな、こんな時に一縷様にそんなウソをついて欲しくありません!」
 
  ミルも言い返す。当たり前だ。
 どこぞのメーカーのクラッカーだよまったく。
 
 「・・・本当なんだ。アタシも最初は、自分のこと、ノーマルな人間なんだと思ってた。
 けど、アタシに猛烈にアタックしてくれるミルのことを見ていると、
 なんだか胸が切なくなってきていたんだ」
 
 「え・・・」
 
  おいおいミルさん、信じ始めていないか?
 
 「でも、そんなアタシに横恋慕してくるヤツがいた。そう、それが岸本だった!」
 
 「そんな! 岸本さんが・・・」
 
  一縷の演技? にますます熱がこもる。
 寂しげに顔を伏せ、その両手で自分の体をギュッと抱きしめて、
 『アタシ、辛い過去の記憶に耐えているのよ』という情感を表現している。
 
 「岸本は・・・そこにいるサマノスケを使ってアタシの恥ずかしい写真を撮って、アタシを
 脅迫したんだ。言うとおりにしないと、この写真をインターネットにばら撒くって・・・」
 
  ちょ、ちょっと待て! それじゃ僕は凶悪性犯罪者じゃないか!
 一縷はいよいよ調子が乗ってきたのか、今度はうっすらと涙まで流し始めた。
 
 「そ、そんな・・・」
 
 「言うとおりにするしかなく、アタシは毎日、岸本の言いなりだった。
 恥辱と屈辱の毎日だった・・・。
  ある日なんかサマノスケの○○○○○の○○○○○が○○だったのに○○○○○
 が○○○○で○○○○○が○○○○○させられて・・・」
 
  うわー。
 一縷の考えることって、えげつないなー。
 女の子ってイザとなるとすごいなー。
 とか思った。
 
 「そのうち、岸本はアタシが言う事を聞かないなら、
 梨木も同じ目に合わせるって言ってきて・・・
 こんな地獄のような思いをお前にさせたくなくて・・・。
 うう・・・うう・・・ごめん、ごめんね梨木・・・」
 
  一縷が本気で泣き始めた。
 まさかこんなにストーリーテラーで大ウソツキだったなんて。
 
 「一縷様・・・一縷様!」
 
  泣き崩れた(ウソ泣き)一縷の元に駆け寄るミル。
 
 「ごめんなさい一縷様。私、そんな事とは露も知らず・・・一縷様がそんな苦しんでいたなんて」
 
 「最後に・・最後に言えてよかった。好きな人に誤解されたまま消滅するなんて、イヤだから」
 
  うっうっうっ、と、むせび泣く2人の乙女。
 
  そんな光景を目にしつつも、僕はスイッチの在り処を探した。
 ・・・ミルさん。大切な物は手に持っておいたほうがいい。
 さっきまで腰掛けていた岩場に無造作に置いてあるし。
 
  僕は2人を尻目にスタスタと歩いて行き、スイッチを拾った。
 
 「もーらい」
 
 「ぐすぐす・・・へっ?」
 
  涙目で僕の方を見るミル。(我ながら最近冴えている) 
 その目は・・・ますます涙目になった。
 
 「ちょ・・・返しなさいケダモノ!」
 
  僕に突っかかってこようとするミル。
 しかし、そんなミルの服の袖を、一縷はむんずと掴んだ。
 
 「・・・いやまじごめん。梨木」
 
 「そんな・・・あの話は・・・ウ、ウソですの!?」
 
  いや、普通はバレバレだと思うけどね。
 
 「う、う、うぇぇぇぇーーん! あんまりですわ、あんまりですわー!」
 
  ミルは盛大に泣き出した。
 そりゃ本気で泣くよね。
  
 「はいはい、そこまでそこまで」
 
  柚子の声がした。
 そばの潅木がガサガサと音を立てて、そこから柚子が現れた。
 ありゃりゃ、今の今までそこにいたの?
 
 「もう、一縷。さすがにやり過ぎよ。それじゃいくらなんでも梨木さん可哀想だわ」
 
  柚子はぱんぱんと、ホコリや枯葉を服から払い落とす。
 
 「そう言うなよ、そもそも世界の消滅なんて、願う方が悪いさ」
 
  そう言いつつも、一縷は泣き咽ぶミルの背中を擦ったり、
 ハンカチを貸してあげたりしている。
 
 「ううっ、ミルに情けをかけないで下さいまし! う、うわわーん!
 覚えてろよ、このコンチキショーどもー!」
 
  豪快な泣きっぷりと捨て台詞を置いて、ミルは走って山を降りていった。
 
  さて! これで一件落着だな! 
 僕は大団円のクライマックスが近づいていると確信した。
 
 「ところで、事態はますますメチャクチャになっているわ」
 
  柚子が頭を掻いて気まずそうにしている。
 クライマックスはまだまだ先のようだ。
 
 「なんだ、なんかあったのか?」
 
  一縷が聞く。
 
 「どうやら、そのスイッチの機能とやらで、世界中の軍隊が大規模なダメージを
 負ってしまったようなの」
 
  それで?
 
 「世界のミリタリーバランスが完全に崩壊したのよ。今、世界中で軍事衝突の危機が
 高まっている。・・・テレビで叫んでるわ、第三次世界大戦の始まりかも、だって」
 
  柚子が一縷並みの大ウソツキなら、良かったかなと思った。
 
 
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