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この世の終わりのスイッチ

3章 核ってみた


 

 

 
 
  あれから3時間、僕達3人は公園で激論を戦わせた。
 しかし、この異常な事態に対して、僕達のような一般市民ができることなど
 ほとんどないのでは無いか。という結論に達した。
 (空間消滅などという奇想天外な事態をそもそもどうできるというのか?) 
 
  とは言っても、柚子が『何も分からないという不安だけは消したい』と主張し、
 最低限の決定事項として、『これ以外にも、破滅スイッチが手に入ったら各自3人のみに連絡』
 ということだけは話し合った。
 
  とりあえず時間も夜の9時を超え、肌寒い風が吹き始めていたので、それぞれ
 自宅に帰ることにした。
 
 
 
 
  一縷の家は、僕と柚子の家とは別方向なので、早い段階で別れた。
 僕と柚子は、妙に生暖かい風が吹く中、アスファルトを踏みしめながら帰り道を急ぐ。 
 
 「梨木さんは・・・」
 
  ポツリと、柚子が独り言のように呟く声が聞こえた。
 
 「梨木さんはね、あたしと高校2年の頃まではそれなりに付き合いがあったのだけど、
 3年生になる頃に、急に疎遠になってね。なんだか向こうのほうがあたしを避けてるような
 ・・・ううん、避けているというよりも、あたし、嫌われていたみたい」
 
  嫌われる? それは珍しい。柚子は明るくてキレイだし人当たりもいい。
 僕は柚子を嫌う人間というものを見たことは無い。
 
 「いつの間にやら、向こうから近づいてきて・・・しばらくしたら、
 いつのまにか嫌われているってことで、あたしも当時は悩んだわ。
 彼女、あたしと友達になろうとしていたわけでもないみたいだったし・・・
 梨木さんが当時何をしたかったのか、結局、謎なのよ」
 
  なんだか良く分からない人だな、梨木さんは。
 まあ、余人に理解できる行動原理で活動しているわけではなさそうだけどね。
 
 「ねぇ、マス・・・あたし、前からずっと考えていたんだけど・・・」
 
  柚子がふと立ち止まり、おでこに人差し指を当てて考える。
 
 「梨木さんはどうして、世界の破滅という選択肢を選びたがるんだろう?」
 
 「うん?」
 
 「そんなにこの世界がイヤなのかな。そんなにこの世界はダメなのかな。
 梨木さんは、そんなにこの世界に絶望しているのかな」
 
 「そういうのじゃないかもしれない」
 
  僕は言った。
 
 「梨木さんがこの世界をキライだって言うのは、きっとキライな部分しか知らないからだよ。
 そもそも所詮、人間1人が知る情報量には限りがあるよ。
 もしも彼女がこの世界をキライだから破滅させたいのだとしたら・・・それは多分、梨木さんは、
 偶然にもこの世界のダメな所ばかりを見ているんだよ」
 
 「そうかな」
 
 「そうじゃないかな」
 
  そう言いあって歩いていると、僕のつま先に何かが当たる感触がした。
 
 「なんだろう?」
 
  ふと、足元を見てみると、それはあのスイッチだった。
 真新しい『破滅スイッチ』だった。
 
  僕はまた、世界を破滅させるスイッチを拾った。
 箱の裏を見てみたら、296/299という数字があった。
 
 
 
 
 
  一方その頃
 
  日本国 首相官邸
 
 
  ここは首相官邸の地下に存在する緊急事態対策本部。
 ピカピカと光る各種モニターの前を、自衛官や官僚達が忙しく走り回っている。
 
 「どういうことかね! いったいどうして、世界中の軍隊が! 
 国連軍が! わが国を攻撃すると言うのか!」
 
 「総理、落ち着いてください。たった今、幕僚長が到着されたそうです、今、こちらに
 向かっています」
 
  PM8:05、各地の自衛隊基地は、日本近海で作戦活動を展開している
 大艦隊と航空部隊を発見した。
 信じられないことに、この艦隊は、完全に日本列島を包囲するまで発見できなかった。
 強力なジャミングがはられたか、あるいは最新のステルス兵器が使われているのかもしれない。
 
  ガシャッ ガン
 
  緊急対策本部の重々しい鋼鉄の扉が開く。
 
 「総理、幕僚長がお越しになりました」
 
 「おお、待っていたぞ、それで、現状はどうなっているのか?」
 
 「はい、ご説明いたします。・・・小林一佐! 総理に報告したまえ」
 
 「はい、小林です。説明させていただきます。
 今から2時間前に始まった通信障害を皮切りとして、自衛隊は各地で孤立、連絡が取れなく
 なりました。
 その後、まばらに入ってくるいくつかの情報をまとめましたところ、この通信障害はわが国に
 対する軍事行動の一環であると判明しました」
 
 「くっ・・・どうなっているんだ、海上自衛隊は何をしていたんだ?!」
 
 「み、未確認情報ではありますが、どうやら合同軍事演習の際に乗り込んできた
 アメリカ、イギリス、ドイツの特殊部隊に各艦、わずか5分で制圧されてしまったらしく・・・」
 
 「海上保安庁は!」
 
 「合同海上警備訓練の際に、乗り込んできたロシアと中国と韓国の特殊部隊に6分30秒で
 制圧されしまったそうです」
 
 「航空自衛隊は!」
 
 「戦闘機の技術提供を理由に訪れていた人たちが特殊部隊員であったそうで・・・飛行機の
 ほとんどをそのまま持ち逃げされたと・・・」
 
 「聞いていればよくもまあそんなこと! あ、ありえん! 信じたくもない!」
 
 「し、しかし、総理。事実であります」
 
  その時、ここ本部のモニターに、何か、演説の映像が流れ始めた。
 どこか遠くのほうから、「サイバー攻撃だ。ハッキングされている!」とかいう声が聞こえ
 始めたが、総理の耳には、はるか遠い別の国の出来事のように聞こえ始めていた。
 
 
 
 
 
  その瞬間、日本国内の全ての情報端末が、ジャックされた。
 ジリジリというノイズ音とともに、その演説は始まった。
 
 「日本国の皆さんに申し上げる。私は国連事務総長です」
 
 
  都心のビル壁の巨大なテレビに
 
 
 
  コンサート会場の巨大スクリーンに
 
  カーテレビの上に
 
  家庭の団欒の中のテレビに
 
  パソコンのモニターに
 
  携帯電話の画面に
 
  ラジオですら、音だけであるが、その演説は始まった。
 
 
 
 
 
 
  僕と柚子は、一縷に携帯で電話をかけようと思ったところだった。
 この新しく拾った破滅スイッチをどうすべきか、一縷も交えて話し合うためだ。
  しかし、電話は通じなかった。
 僕の携帯も、柚子の携帯も、どういうわけかザザーッというノイズ音を立てるだけだった。
 
  そしてその演説は、僕らの手元の携帯電話の画面に突然映った。
 
 「世界は今、猛烈な危機に晒されています。
 人類という種の、存亡の危機が、いま訪れているのです」
 
  国連事務総長だとかいうおじさんが、何かを演説している。
 日本語の通訳が、同時に入る。
 
 「世界の破滅をもたらさんとするものを、許してはならない。
 我々はそう考えました。我々は、世界を破滅させようとするモノに、
 何度も警告を発しました」
 
  僕と柚子は、この突然の演説? に戸惑うばかりだ。
 
 「しかし、敵は巧妙でした。
 一切、動いていないように見せて、その実、裏ではちゃくちゃくと計画を進めていたのです。
 時には危険な物資が、インターネットで取引されたことすら確認されました」
 
  気づくと、辺りは何故かひどく静かだった。
 さっきまで当たり前のように聞こえていた自動車のエンジン音も、各家庭の団欒の声も、
 犬の鳴き声すら聞こえない。
 もしかしたら、今、日本国内の全ての人が、これを見ているのだろうか?
 
 「一刻の猶予もならないと、我々は国連で判断いたしました。
 ・・・世界の犠牲を、少しでも少なくしなければならない。例えそれが、大きな悲劇であろうとも、
 我々は、さらに大きな悲劇を防ぐ為に、その苦渋の決断をしなくてはならなかったのです」
 
  はて、なんのことを言っているんだ?
 次に、場面が切り替わって、なんか偉そうな僧侶みたいな人がいっぱい出てきた。
 
 「日本国民は、全て、神のみもとに行き、永遠の命を賜るでしょう・・・アーメン」
 
  白い僧服の人が言った。
 
 「全ての日本人は、偉大な殉教者として語られるでありましょう」
 
  立派なヒゲのターバンのおじいちゃんが言った。
 
 「自己犠牲こそ、真の悟りへの道。全ての執着心を捨て、今、ニルヴァーナへの道を」
 
  黄色い布を身体に巻きつけた、痩せたハゲのおっちゃんが言った。
 
  ・・・なんか、今にも死にそうな人に言う言葉だなあ・・・。
 と、僕は思った。
 
 
  また映像の場面が切り替わった。
 再度、あの事務総長だとか言う人がでてくる。
 
 「さようなら、さようなら、せめて、苦しみが少ないよう、祈り続けます。
 世界中の心ある人々よ、願わくはこの悲しき出来事に対してひと時の祈りを
 共に捧げましょう」
 
  そして、演説が途切れ、ノイズも途切れた。
 その次の瞬間、爆音が海の方から聞こえてきた。
 太陽よりも明るいのではないかと思える炎を噴射して、
 ミサイルが、何かのロケットが、僕らの頭上を飛んで行く。
 
  1本、2本、3本・・・10本、30本、いや、それ以上!
 
 
 
 「マ、マス!」
 
  その内の一本が、どうも、ここを狙っているように見えた。
 それは明らかにここに向かって落ちてきている。
 事故で落ちるのでは無い。
 人を傷つけようとする意志を感じる軌道としか見えない。
 
 「柚子!」
 
  何がなんだか分からないけれど、僕らは互いを抱きしめた。
 神様への祈りなんかより、今は柚子の体の温もりの方がありがたかった。
 
 
  
  
 
 
  5分後、太平洋上、国連艦隊旗艦 空母ネオ・エンタープライズ
 
 「攻撃終了しました」
 
 「核爆発確認、不発弾はありません」
 
 「対放射線装備部隊に告ぐ、作戦を開始せよ。
 スイッチはこの程度の攻撃では破損しない、至急、関東地方に向かって回収急げ。
 繰り返す、至急、関東地方に向かって、回収作戦を急げ・・・」
 
  巨大な爆発が、日本列島のあちこちで確認された。
 作戦は成功だった。あちこちで攻撃の結果を確認し、作戦通りに事後処理に当たっている。
 
  しかし、喜んでいる者は一人もいない。
 いや、それどころか、みな悲しんでいる。人によっては涙している。
 
  今、1つの国が、消し飛んだのだ。
 
 「司令官、どうしました? お疲れですか? ・・・少しお休みになられますか?」
 
  側に立つ者が気遣う。
 スクリーン上の日本列島に、300発からの核兵器の命中が告げられた。
 
 「世界唯一の被爆国が・・・こうして核で滅ぼされるとは・・・なんと言う皮肉だろうか」
 
  司令官・・・この悪魔のような作戦の指令を下すべき立場にいた人物は、この数分間で
 随分老けたようにも見えた。
 
 「しかし、司令官、やむを得なかったでしょう」
 
 「そうだな。何回スイッチに関して詰問しても、日本は『そんなスイッチなどしらん』
 『そんなの妄想だろう』『そんなもの、集める者などいない』と言う返事ばかりだった。
 ・・・そう言っているのに、日本国内には全ての『破滅スイッチ』が集まり始めていた」
 
 「恐ろしい国です。おそらくは日本の秘密諜報機関等が動いていたのでしょうが・・・
 その動きのそぶりの欠片も確認できないと言う、徹底された究極の秘密工作でした」
 
 「あとは、国連本部に連絡するだけだが・・・うむ?」
 
  何か指令部員の一部が騒ぎ出している。
 偵察衛星の画像か何かだろうか、数人が確認している。
 
 「どうかしたのか、まさか攻撃に齟齬があったのか?」
 
  司令官が声をかけた。
 
  声をかけた先のモニターに、奇妙な光景が映し出された。
 不可思議な光の玉が突如、日本の方角から飛んできたのだ。
 
  その正体不明の光の玉は、恐るべき速さで太平洋上を飛び、
 国連連合艦隊へと到着した。いや、着弾したと言うべきかもしれない。
 
  そして着弾の瞬間、不思議な光が艦を包み始めた。
 光はあっという間に艦内を満たしていく。
 不思議な光、見たことも無い光。
 ただ、ただ白いだけの圧迫感すら漂う光が、近辺の空間の全てを満たし始めた。
 あっという間に隣の艦が見えなくなり、自分の乗っている船の姿も見えなくなっていく。
 
 「な、なんだこれは・・・」
 
 「いったいどうした! この光はなんだ!」
 
 「自衛隊の反撃か? 日本の秘密兵器か? いったいこれは何だ!」
 
  光はやがて、人々の身体も包み込み、しまいには己の手すら見えなくなった。
 
  そして、太平洋上の全ては、消滅した。
 文字通り空間ごと消滅した。わずか30秒ほどの出来事だった。
 
  
 
 
 
 
 
  僕は、必死なぐらいにまぶたを閉じ、柚子の身体を抱きしめていた。
 しばらくそうしていたからか、手がしびれて感覚が無くなってきた。
 ・・・しかし、本当に長く時間が経過しているな・・・。
 
  そうか、もしかしたら、僕らはもう、あの世とやらに来ているのかもしれない。
 
  ああ、そうだ、その証拠に誰かが僕を呼ぶ声が聞こえる。
 
 「・・・サマノスケ・・・サマノスケ・・・」
 「マス・・・マス・・・」
 
  ああ、一縷、柚子、彼女たちの声が聞こえる。
 キミたちもこっちに来てしまったんだね。
 こういう時は死んだ爺ちゃんや婆ちゃんが迎えにくるものだと思っていたのだけど。
 いや、しかし仕方がないか。
 きっと、あまりにも大量に霊魂が冥界に一気に押し寄せたため、迎えが行き届かないのだろう。
 三途の川も5時間待ちの渋滞とかになっているかもしれない。
 そうだ、三途の川に行く前に、サービスステーションがあったら寄っていこう。
 こういう時、トイレは大事だよね。
 売店に揚げジャガがあったら食べたいなぁ。とか思った。
 
 「・・・サマノスケ! いい加減に岸本を放せ!」
 
  ドゲスッ!
 
  僕の頭頂部が何かで叩かれた。
 僕はその痛みに思わず目を開けた。
 
 「・・・あれ」
 
  そこは、先ほどの道端であった。
 冥界とか、あの世とか、常世とか、三途の川とか、根の国とか、
 揚げジャガのあるサービスステーションとか、そういう所ではなかった。
 僕の腕の中では柚子がジッとしている。
 そして僕の目の前には、目を真っ赤にして怒っている一縷がいる。
 
  あれ、一縷は何を怒っているんだ?
 
 「サマノスケ、覚悟しろよ・・・! いくら岸本が可愛いからって、
 道端で襲うとはいい度胸だ!」
 
  グイッと、一縷が僕の腕の中から柚子を引きずり出した。
 
 「あ、あの、チル・・・? あれ? あたし達、どうなったの?」
 
 「ああ、かわいそうに岸本。恐かったんだろうね、よしよし」
 
  一縷は柚子を抱きしめ、柚子の頭をナデナデする。
 小柄な柚子は、その顔を一縷のEカップバストに埋める格好になる。
 
 「あ、あのねチル。誤解よ、誤解なのよ。マスはあたしを襲おうとしたんじゃなくて、
 ただ、ミサイルみたいな物が降ってきて、それであたしを抱きしめていてくれて」
 
  珍しく、柚子が支離滅裂な説明をしている。
 
  そうだ、一縷にそれが誤解だと釈明しないといけない。
 理論的に事情を説明すれば一縷も分かってくれる。分かってくれないと僕に危険が及ぶ。
 冤罪という、人類社会が解決すべき重大課題に立ち向かう方法を考えるんだ!
 
  ~普通に道を歩いていたら、突然ミサイルが降ってきたんだ~
  ~それで柚子を抱きしめていたんだ~
 
 と、簡潔にして完璧な理論武装を、この灰色の脳みそで紡ぎだすんだ・・・! 今すぐ!
 
  無理だった。
  ダメだった。
 
 「・・・」
 
  じとーッと、一縷はそれはもう、怪しげなものを見る眼つきで僕を見る。
 ううっ、そんな性犯罪者を見るような目付きで見ないでくれよう。
 
 「岸本、本当か? サマノスケに無理矢理言わされているのではなく?」
 
 「ええ、ええ! そうよ、道を歩いていたら偶然ミサイルが降ってきたの! ええ、間違い
 ないわ!」
 
 「・・・ウソを言ってるようには見えないな。それに、ウソを言うならもっとましなウソを
 つくよな」
 
  一縷の疑惑の視線が和らぐ。
 僕はホッと胸をなでおろした。
 やれやれ、一縷に乱暴されたら、僕はそれに抵抗できるほどの力が無いしね。
  
 「それにしてもチル、どうしてここにいるの?」
 
  柚子が一縷に聞く。
 
 「いや、それがさ、駅に止めといたバイクに乗ってから、しばらくその辺を流してたんだよ。
 そしたら携帯電話に柚子から空メールが入って、それで何かあったのかと思って
 バイクで走ってきたんだ。
 驚いたよ、そこまで来て見てみたら、サマノスケが岸本に襲い掛かっているように見えてさ、
 てっきりあの空メールはアタシへのSOSなんだと思っちゃって」
 
  そういうことか、そう言えば近くにバイクが止めてある。
 一縷の愛車の大きなバイクだ。エンジンが1100ccで、最高時速が300kmだとか
 いうやつ。
 いつか一縷が自慢していたっけ。
  
 「ところで、2人とも」
 
  一縷が僕達に向かい合って言う。
 
 「さっきから言っているミサイルとかって何の話だ?」
 
 「?チル見てない? さっきいっぱい海の方から飛んできたでしょう?」
 
 「海の方から? う~ん、悪いけど記憶に無いな。
 ・・・ああ、でもなんか空がすごく光っていたのなら見ていたけど」
 
  柚子が一縷の腕の中から逃れつつ、聞き返す。
 
 「すごく光ってた?」
 
 「うん、空中に白い巨大な光の玉がたくさん出てきて、なんかの爆発みたいにも見えたけど、
 爆発とは違うような感じだったな。
 ・・・ああ、それからさ。岸本、結局あの空メールは何だったんだ?」
 
 「そうそう、それよ。拾ったのよ、あのスイッチ。新しい『スイッチ』よ
 それを伝えたかったのよ」
 
  柚子は僕の手からスイッチを引っ手繰ると、一縷に差し出した。
 
 「ああ、ほんとだ。新しいスイッチだ」
 
  一縷は興味深げにスイッチを観察している。
 
 「アレ、裏の数字がちがうなぁ。85/299じゃなかったっけ?
 297/299になってるけど」
 
   
 
 
  
  同時刻、大学構内のとあるサークル棟
 
  手書きの『クロノスブライト本部』という看板がかかった六畳一間で、
 ミルはその手にあるスイッチの力の凄まじさを実感していた。
 
  スイッチを取りに行かせたメンバーがなかなか帰ってこない。連絡もない。
 そこでしかたなくこうして部室で待っていたのだが、日も暮れ始め、なんだか
 寂しくなってきた時だった。
 
  ニュース番組を見ていたテレビに急にノイズが走るようになり、気がついたら
 奇妙な演説らしきものが始まった。
 その演説を見ていてミルは悟った。
 
  ・・・この演説は私たちクロノスブライトの事を言っている。
 
  どうやら闇の子たちは最終戦争を勃発させたらしい。
 闇の子らに洗脳された世界各国の首脳たちが、この国もろとも、
 光の子を殲滅しようとしているのだ。そう考えた。
 
  だから、『スイッチ』のプチ破滅機能を使った。
 全能神クロノスブライター様に祈りながら、スイッチを押した。
 
  敵対する者たちから、力を奪ってください。どうか私たちを守ってください。
 
  そう祈った。
 すると、光の玉がスイッチからいくつも現れた。
 光の玉は一瞬にして壁をすり抜け、外に飛んで行き、
 一挙に巨大化して空全体を見渡す限り包み込んだ。
  さらにいくつかの光の玉は、海の向こうに飛んで行った。
 おそらく闇の子らの手先となってしまった各国の軍隊を攻撃しに行ったのだろう。
 
  ミルは確信した。
 クロノスブライター様の力は本物だ。
 そして、手元のスイッチの数字は勝利への道程を示している。
  297/299。
 あと2個のスイッチの破滅のボタンを押せば、この世界は消滅する。
  そう、ミルは確信した。
 
 
 
 
 
  
 
 「とりあえず、これからどうする?」
 
  これは一縷の発言だ。
 
 「あたしにいい考えがあるんだけど・・・聞いてもらえる?」
 
  柚子の発言だ。
 柚子はどういうわけか自信満々と言った風だ。
 
 「柚子の考えって?」
 
  僕は聞いた。
 
 「このスイッチ、マスの言う『破滅のスイッチ』の中身を見る方法を
 考えついたわ。それでいろいろと分かると思うの・・・多少不確実かも知れないけど」
 
 「お! さすが岸本だな、サマノスケも見習えよ?」
 
 「ちぇっ、どうせ僕は柚子より馬鹿ですよ。それで? どうするのさ?」 
  
 「箱を壊すわ、いえ、壊す方法を考えついたわ」
  
 「どうやって壊すんだよ岸本。この箱を壊すことは出来ないって、おまえさんが
 言ってたんじゃないか」
 
  この一縷の発言に、柚子は ちっちっ と人差し指の先を揺らして不敵に答えた。
 
 「どうして忘れていたのかしら、簡単なことよ、どんなに強度のあるものでも、
 破壊する方法は有るのよ」
 
  こういう時、柚子は答えをもったいぶる癖がある。
 
 「このスイッチと同じ強度の素材を、ぶつければ・・・。
 ううん、正確に言うと、同じ素材同士を擦り付ければ、やがて双方ともに、
 同じ量ずつ削れていくはずよ」  
 
  一縷が手の平を打つ。 
 
 「なるほど、ダイヤモンドの加工と同じ理屈だな」
 
 「そうよ、スイッチは2つある。急ぎましょう。
 どのみち、この2つのスイッチが最後なのだから」
 
 
 
  僕らは柚子の家に向かった。
 柚子の家のおじさんは日曜大工や工作が趣味で、ガレージの中に
 結構な種類の工作機械が置いてあったりするのだ。
 
  僕らは柚子のご両親に挨拶すると、早速ガレージに向かった。
 
  柚子は慣れた手つきでガレージの明かりをつけ、作業の準備を始めた。
 
 「1つは万力に取り付けて、もう一方もこの小さめの万力に取り付けるわ。
 そしてこの小さい方の万力をこの電動ノコの方に無理矢理くっつけるわ」
 
  見ているだけで、テキパキと作業が進む。
 僕と一縷はやることが無いようだ。
 
 「よし、電源OK、ゴーグルOK。・・・それじゃ始めるわよ、2人とも
 もう少し下がって」
 
  僕と一縷はガレージの壁際に後退した。
 
 「よし」
 
  ギュワオオオオオン!
 
  強力な電動モーターが、凄まじい勢いで回転する。
 柚子が機械を操作する。スイッチはゆっくりと降りていき・・・
 スイッチとスイッチが接触した。
 
  高速回転するスイッチと、固定されているスイッチの間に
 大きな摩擦が発生する。
 スイッチの素材と素材が、その強度に耐え切れなくなり、
 お互いに悲鳴を上げるように削れ始めた。
 
 「お! やったぞ岸本!」
 
  一縷が拳を振り上げて喜ぶ。
 
  そして、1分もそうしていただろうか。
 柚子は突然ピタリと、機械を止めた。
 
  静寂の中、柚子はおそるおそるスイッチを万力から外し、
 スイッチを確認する。
 
  あの、無敵の強度を誇った赤い箱の一部が、溶けたみたいに
 無くなっていた。
 
  僕と一縷の2人も、慌ててスイッチの中をのぞき込む。
 
  スイッチの中を見た僕らはさらに驚愕した。
 
  スイッチの中には、何も無かったのだ。
 
 「お、おいおい。なんだこりゃ。どうしてカラッポなんだよ」
 
  一縷がスイッチの1つを手に取り、中を確認する。
 指を入れ、触る。
 しかし、何も無い。
 この箱は、外殻の厚さ3mmほどの板と、スイッチの押す部分のみで
 構成されていた。
 スイッチを押しても、その動きを受け取る部分が存在しない。
 
  スイッチのボタンそのものの中に何かの仕掛けがあるのだろうか。
 そう考えてもみたが、その可能性は有りえないだろうとも思う。
 それならそもそも、この未知の物質で作った箱は必要ない。
  
 「そう言えば、このスイッチ、今も使えるのかな?」
 
  一縷はそう言うと、スイッチを手に取った。
 
 「試しにテスト破滅を押してみよう。ポチッとな」
 
 「・・・ちょっ・・・! チル! そんな簡単に!」
 
  おいおいおい! このオンナ、なんも考えてないのか?!
 
  慌てて止めようとした僕らだったが、杞憂だった。
 スイッチは何の反応もせずに、スカスカ言うだけだった。
 
 「おっし! 壊れているみたいだな・・・。 ?どうかしたのか2人とも?」
 
  僕と柚子は一縷の横で腰を抜かしていた。 
 驚きと安心で、足に力が入らない。
 僕はなんとか復活すると、一縷からスイッチを取り上げた。
 
  危ないから、一縷はスイッチ持つの禁止としておこう。
 
 「返せー、返せよう」
 
  一縷がうにうにと動き、スイッチを取り返そうとする。
 しかし、本気で取り返そうとしているわけではないようだ。
 
  やれやれ。
 そうだ、スイッチの裏の数字はどうなったんだろう。
 僕はスイッチの裏を見た。
 
  そこには数字がなく、ただ
 
  『エラー発生中』
 
  とだけあった。表示が変わっていた。
 僕の肩口から、一縷が覗き込む。
 
 「エラーだ? まぁ、スイッチが2つ失われたんだから、仕方ないか、
 んでもさ、これで万事解決じゃない?」
 
 「そうかしら? なんかそう簡単に行くとも思えないんだけど・・・あら?
 ちょっと待ってマス、一縷。・・・表示に変化があるわ」
 
  確かに、箱の裏の表示が変化していた。
 
  『エラー 発生中』
  『種別 スイッチロスト』
  『ロスト カウンター2』
  『自己修復プログラム起動』
  『新しいスイッチを2つ補充します』 
  『投下開始』
  
 「へ?」
 
  3人の声が見事に重なった。
 僕らは投下と言う言葉につられて外に出て、空を見上げた。
  
  はるかな空中に光の玉が現れ、そこから
 2つの赤い光が、瞬きながら落下していく。
 ・・・かつての不思議な流星群と同じように。
 
  そしてそれは、近くの山のほうに落ちていった。
  
 
 
 
  
 
 
 
 
  同時刻、大学構内のとあるサークル棟
 
  手書きの『クロノスブライト本部』という看板がかかった六畳一間で、
 ミルはその手にあるスイッチの変化に驚愕していた。
 
  急に発生したエラーの表示。
  消えた、世界終末への道程。
 
  やはりダメだったのか?
 スイッチは力を使い果たしたのだろうか?
 確かに、さきほどのエネルギーの放出(らしき)現象は巨大なものだった。
 スイッチのエネルギーのようなものを使い果たしたとか、あるいは
 スイッチが酷使のあまり壊れたとしても不思議では無いとも思えた。
 
  ミルは、もう1度スイッチの表示を確認する。
 するとそこに現れたのは
 
  『新しいスイッチを2つ補充します』 
  『投下開始』
 
  の文字が浮かび上がってきた。
 
  ・・・やはり、やはりクロノスブライト様は見てくださっていた。
 大丈夫。恐れることは何もない。
 ミルは祈りを捧げるべく、空を見上げた。
 すると、見るの目の前で、ふたすじの赤い流れ星があった。
 そしてその流れ星は、こともあろうに大気圏を突破した後、
 この近くの山のほうに落ちていった。
 
  ・・・最後の2つのスイッチだ。
 
  これで全部揃う!
 ミルは疲れた体を押して、山に向かう事を決心した。
 
  ああ、そうだ。部員が帰ってきたときの為に、書置きを残しておこう。
 
 
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