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マンハンター コマユバチの城

7章 ハッピーバースデー


 

 


 


 次の日の朝。随分早くから来客があった。
マンションのドアホンをピンポンピンポンと叩きつけるように押すヤツがいる。
誰かと思って確認すると妹だった。
妹は俺の部屋の合鍵を持っているので、俺がいるのを確認するとすぐに部屋まで上がってきた。

「あー! おはようございます繭華さん! お久しぶりー!」

 妹はきゃいのきゃいの言って繭華の手をとってはしゃいだり、ハグしたりしている。

「久しぶり和泉さん、元気だった?」

「うん、元気元気ー」

 放っておくと、とりとめの無い話を始めそうなので、声をかけておいた。

「妹よ、今日はずいぶん早い時間から来るな、どうかしたか? 加藤くんにふられたか?」

「ウッ」 

 妹の顔にわずかに困惑がでた。

「ふられたのか」

「いやー、なんといか、そのねー、あれなんですわ。ふられたのと真逆と言うか」
 
 ふられたの正反対の状態? それはいったいどういう状態なんだ?

「和泉さん、もしかして・・・」

 繭華は手のひらで妹のお腹の辺りを少しさわさわした。

「もしかして、妊娠してない?」



 話はこうだ。
和泉は2ヶ月間生理がこなかったので、これはもしやと思い調べてみた。
妊娠検査キットを使い、人に見られないよう注意を払って産婦人科を受診、
妊娠が判明したらしい。

 いろいろと思い当たる節があり、加藤くんに相談したところ、「責任を取って結婚する」
という話になり、大騒動だったらしい。
加藤くんの家は結構なお金持ちで、それなりの家で、あっちでも喧々諤々の大騒ぎ。
もちろん我が木戸家でも大騒ぎというわけだ。
和泉はすでに産む気いっぱいで、加藤くんも結婚する気満々らしいのだが、とにかく双方の家族親戚
がビックリしてしまい、いろいろと気まずいことになってしまったという。

「いや、おにいの妹として面目ないです」

 いや、面目ないって言われてもなぁ。
ちょっと驚いてしまった。
俺は心のどこかで和泉がいつまでも子供のままでいるような気がしていた。
大きくなっても、体は大人になっても、どこかで子ども扱いしていた。

 ところがだ、冷静に考えてみれば和泉は、もう大人の体を持った女性なのだ。
好きな男の子とやることをやっていれば妊娠するのは当たり前だ。
和泉はお母さんになるのか。
じゃあ俺は・・・おじさんか。

 俺も、思わず和泉のお腹を撫でた。

「性別はまだ分かんないのか? 男か女か」

「おにい、気が早いって」

「俺の甥っ子だか姪っ子だかか、いまここにいるのか・・・へー、ほー」

 なんだか不思議な気分だ。
いやな感じはしない。それどころか、なんだか誇らしげな気分だった。
あと8ヶ月もしたら、上手くいけば生まれるのか。

「なんか・・・すごいな」

「おにいは、怒らないの?」  

 怒る? 何を?
ああ、婚前交渉とかいうやつで妊娠したなんて、ふしだらだ、とか、貞操観念が無いとか、
そういうことを言われると思ったのだろうか。
まあ、和泉もやることはやっていたということは驚いたが(分かってはいたのだが)それでも、
ここにある新しい命を、俺は心から祝福できる気持ちだった。

「怒らないよ。すごいな和泉。これからはお前も自分の体に気をつけるんだぞ」

 俺は妹の頭をもしゃもしゃと撫でつけた。

「おにい・・・うん、ありがと」

「これから忙しくなるなぁ、ま、俺は高みの見物か」

「何言ってるのおにい」

 和泉が俺の胸をドンと叩いた。

「もしかしたら今度はおにいと繭華さんの番だよ!」



 それからしばらく、3人でいろんなことを話した。
これからのこと、妊娠のこと、加藤くんと和泉の馴れ初め、繭華の服のこと、みんなでカラオケに
行ったこと。

「ねぇ、ねぇおにい」

「どうした? 和泉」 

「あたしね、今、大変なことになってるんだけど、なんだか幸せなんだ」

「今のうちに噛み締めておけ、これからが忙しいぞ」

「もう、分かってるってそんなこと。でもさ、本当に今ね、気持ちが落ち着いているの。
自分が未来に向かって進んでるって、実感できるんだ」

「そうか」

「ねぇ繭華さん」

 和泉はベッドの上でゴロゴロしている繭華に話をふる。

「繭華さん、おにいのこと、好き?」

「・・・ノーコメントとさせてもらう」

 繭華はそっぽを向いてしまった。

「もしもさ、もしもで良かったら、おにいと一緒にいていいって言ってくれるんだったら、
繭華さん、おにいと結婚してくれないかな?」

「結婚が多過ぎないか? 妹よ」

「重荷だったらごめん繭華さん。でもね、あたしから見てさ、繭華さんと一緒にいるときの
おにいの顔さ、始めて見る安らいだ顔だったんだよね。家族のあたしが1度も見たことが無い
顔をしてたよ。あたし一目見てピーンと来ちゃったよ。おにいには、この人がいいんだって。
あたしもさ、義理とはいえ、繭華さんと姉妹になれたら嬉しいって思うし」

「姉妹?」

 繭華がポカンとした表情で、オウム返しに聞きなおす。

「だってそうでしょ? おにいと結婚した人は、あたしにとっては義姉なわけだし。
親戚とか、家族とか、これでいっぱい増えるのかなーって。
おにいも、そうなったら病気治すためにあきらめちゃだめだよ?
元気になって、強く生きて、就職して給料もらって、繭華さんを幸せにしてあげなきゃ」

「ああ」

 俺のその返答は、少し感情がこもっていなかった。
実感のこもった返事が、俺には無理だった。
だから不安になった。和泉に俺の病気のことを感づかれたりしていないか勘ぐってしまった。




 昼前に和泉は帰った。

「やれやれ、そう言えばキミという人間は死に損ないだったんだっけ。
これは困ったね。仮にボクがキミと結婚しても未亡人確定じゃないか」

「なるべくそうしないように努力するさ、それにさ」

「なに?」

「俺にも少なからず財産はあるんだぜ、実はさ、この部屋、俺の名義なんだ。
だからあれなんじゃねーの? 結婚してさ、そのあと俺が死んだら、この部屋やるから、
好きに暮らせばいい。少なからず預金もあるし、なんならこの部屋は売ってもいい。
ま、ろくな金額にはならないかもしれないけどな」

「バカなことを言ってるんじゃない」

 繭華は怒った顔をして、俺のほうに詰め寄ってきた。

「生きるって、約束してくれ」

「ああ」

「とりあえず、次のキミの誕生日を祝おう。それがボクらの目標だ」

「そうだな」

 無理そうだと思ったが、勢いで返事をしてしまった

「ねぇキミ、誕生日なんて、どうでもいいものだと思っていたのだが、ホントにお祝いの日に
なるんだな。キミの誕生日はいつだ」

「7月10日だ。繭華はどうなんだ?」

「12月15日だ」

「それじゃとりあえず、先に繭華の誕生日パーティーをしなくちゃならないな」




 それからの俺の行動は早かった。
携帯電話で和泉を呼び出し、繭華の誕生日を伝える。
誕生日パーティーをやるからつき合え、手伝え、と付け足す。

 和泉はなぜかやたらと喜び、加藤くんも連れて行くから、4人でやろうと言い出した。
断る理由も無い。もちろんOKだ。これで誕生日会の面子は決まった。
次の日から早速具体的な行動に移る。
和泉と俺の2人でパーティーに必要な物を買い集める。
料理の食材を買う。繭華は肉を食べられないので、和泉に頭をひねってもらう。
ケーキはチョコレートケーキにした。これなら赤い物が1つもない。
たまに中にイチゴのスライスが入っている物があり、油断はできなかった。
ケーキは当日買おうと決め、予約しておくことにした。
上に乗っけるチョコレートのネームプレートになんて書いてもらおうか困ったが、
和泉が「まゆかちゃんでお願いします」と臆面も無く言ったので、無事に字面が決定した。

 部屋の飾りつけにせめて新しいテーブルクロスを1つ。
花屋で少しばかりの花を注文しておく、予約しておくと当日に届けてくれるサービスがあるらしい。

 そしてプレゼントを選ぶ。
あまり値段が高い物は買えない。
和泉はロゴがいっぱい入ったピンク色のバッグを選んだ。あのリュックサックばかりでは
お出かけ1つするのも大変だろうということらしい。
俺は温かそうなミトン型の手袋にした。人差し指だけは別になるちょっと変わったタイプのものだ。
繭華は手袋を持ってなかったし、あるいは手袋をしたままショットガンを撃つことになるかもしれ
ないと思っての選択だ。自分としてはグッドチョイスだと思った。

 荷物を持ち帰り、繭華に見られないようにして食材やプレゼントをしまう。
誕生日は2日後に迫っていた。和泉が日持ちのする料理はもう作っておくと言い出し、
あれこれと作業を始めてしまった。もともと多少は料理ができたようなのだが、加藤くんに
食べさせるものを作りたいと思って勉強したらしい。今では一通りのことはこなせるそうだ。

 材料にこだわった、インスタントじゃないコーンポタージュを作り、サラダのドレッシングを
作った。
ドレッシングは特にこだわりの物らしい、パルメザンチーズを豪快に使ったカロリーの強いもので、
メインディッシュが低カロリーな今回だからこそ試したいものらしい。他にゼリーも作っていた。
デザートらしい。室温になったら適当な器に入れて冷蔵庫で冷やしておけと言われた。

 和泉は料理をひとまず終え、家に帰った。
帰り際に振り向きざまこぶしの親指を突き上げるグーのポーズをとった。意味は分からない。
ゼリーが冷えたころ、型に入れようとした。
器が無かったので、手元の湯飲み茶碗に入れようとしたが、繭華に怒られた。
「サイアクだよ。湯飲みで作るのは茶碗蒸しだけにしてくれ」
繭華は近所のコンビニに行き、プラスチック製の使い捨てのコップ、10個入りのものを買ってきて
ゼリーの素をそれに器用に注いでくれた。
 


 12月15日がやってきた。
俺は多少痛む体をなだめつかせつつ痛み止めを飲む。
顔を洗っていると繭華が起きてきた。

 なんだか時間が経つのが早く感じられる日だった。
雑誌を見ながら2人でゴロゴロしていると、すぐに昼になり、夕方になった。
あっという間に日は落ち始め、辺りは暗くなっていく。


 午後5時頃、和泉と加藤くんが俺の部屋にやってきた。
繭華は先日、俺が買ってやった服を着て、駆けるように外に出る。
とりあえず、4人で繁華街に繰り出そうということになった。

 最初はカラオケに行こうとしたのだが、混み過ぎているのであきらめた。
それで駅前の繁華街をしばし歩き回ることにした。
繁華街は、いつもと違う雰囲気だった。
クリスマスの飾り付けが、街中を覆っているのだ。

 モミの木があちこちにある。サンタクロースが描かれたポスターがあちこちに貼られていて、
商魂たくましい小売店の生命力が感じられた。
教会の催し物や、商店街での小さなコンサートや、ハンドベルでの演奏会もあるらしい。

「おいキミキミ! ハハッすごいな、みんなクリスマスやりすぎだよ」

 繭華が楽しそうに頭上にあるネオンを眺めている。
デフォルメされたサンタクロースとトナカイの図柄は、いかにも夢があって楽しそうだ。
どこからかクリスマスらしい曲が流れている。本番は数日後なのだが、ずっとかけ続けるつもり
なのだろうか。

「楽しそうですね」

 加藤くんが冷静な口ぶりで誰となくつぶやく。

「子供みたいにはしゃぎやがって」

 比喩ではなく、繭華は本当に子供のようにはしゃいでいた。
小柄な繭華には、そんな数々の所作、しぐさが本当はよく似合うのだろう。

「弘明くん、おにい、見て見て。繭華さん、すごく嬉しそう。今日は出かけてきて良かったね」

「ああ」

 俺は、生返事でそう答えた。
キラキラと輝くネオンの下で元気いっぱいに動く繭華は、本当に愛らしく見えた。






 ウィンドウショッピングを1時間ほどしただろうか、予約していたケーキと花を受け取った
俺たち一行はマンションに戻った。ケーキと花の他には、何も買っていない。

 部屋に入ったら、早速、パーティーの準備だ。
テーブルクロスを取替え、花を飾る。俺と和泉で料理を担当する。
主賓の繭華とゲストの加藤くんはリビングで待つだけである。

 料理の下準備はだいたい出来ていたので、あとは仕上げを行って、盛り付けるだけだ。
繭華と加藤くんは、暇なのだろう、コンポの電源を入れてラジオを聴きだした。

「・・・はい、というわけで今日もラジバイン。元気にやっているわけですが!
最近、ちょっとずつ人気が出てきている『聞き間違い大将』のコーナーの時間です。
一応、説明しておきますと、聞き間違い大将は、自分の身の回りで起こった楽しげな
聞き間違いをみんなに伝えましょうというコーナーです。
みなさんの投稿メール、お便り待ってます!ハガキでもいいですよーもちろん」

 繭華が加藤くんに、何か自慢げに話しているのが聞こえる。
この前、ボクのリクエスト通ったんだ。その時、ハガキで出したんだ。
と、そんなことを喋っているのが聞こえる。

「それでは、ラジオネーム『ソミー製ラジカセ』さんから。
『こんにちはイセさん』はい、こんにちわー
『私が聞いたのは、先日ビデオレンタル屋さんでのものです。
残忍な王を殺すべく立ち上がった戦士たち。という部分が、残念な王を殺すべく立ち上がった。
と聞こえてしまいました! 私は店先にも関わらず、思わず1人で笑ってしまいました!
そのあと、何回同じところを聞いても、残念な王としか聞こえません!
もうこれは、もともとがおかしいのかもしれません!』
 って・・・。
う、うぷぷぷぷ、うひゃあはははははは!!!?」
ごふっごっふ、ぐはっ、って、すいません。私がウケてちゃダメ何ですけど。
残念な王様ってなんですか?! 残忍なら大変ですよ、そりゃ倒さなけゃならんということも
あるでしょうけど。でも、残念な王様も殺されちゃうんですか? 
残念だからですか? ああ、シリアスなシーンが台無しですねこれは」

 見ると、加藤くんは「あはははっ」と激しく笑っているが、繭華からは笑い声が
聞こえない。「ぷくっ」とかすかに笑ったような声が聞こえただけだった。

 1時間もしないうちに、料理ができた。
俺と和泉で料理をテーブルに運ぶ。

すぐにパーティーの席は完成し、俺たちは繭華の誕生日パーティーを始めることにした。

 

 誕生日パーティーは、午後9時ごろには終わっていた。
和泉は最低限の片付けをして、加藤くんと一緒に帰っていった。
最近はマンハンター事件も増えて物騒だから、常に加藤くんのエスコートがついているらしい。

 部屋の片隅では繭華がプレゼントの箱をいじっている。
手袋やバッグ、そして加藤くんからのプレゼントである腕時計もある。
が、よほど嬉しいらしい。箱に入れたり、出したりを繰り返している。

「本当にいいのかな? ボクがこんなに物を貰ってしまって」

「良いんじゃないか? 加藤くんの家は金持ちだし、貰っとけよ気持ちなんだから、そういうのは」

「そんなものか」

 俺は、そんなやりとりをいくつかしてから、食器を洗おうと、キッチンに向かった。
そしてそこで、おかしな体験をした。

 なにがおかしいっていうと、気がついたら顔が床にくっついていた。
最初は、自分が倒れているという事実に気がつかなかった。
本当に、笑っちゃうような話だが、床が持ち上がってきて、俺の体とくっついたんじゃないか
と思った。
だから自分が倒れたということを考える前に、地震でも起こってマンションが崩れたんじゃないか
とか、繭華は安全なところにいただろうかとか、そういうことを先に考えてしまった。

 ようやく自分が倒れたという事実に気がついたのは、繭華の声が聞こえたからだった。

「キミ・・・どうした!」

 繭華が駆け寄ってくる足音が床から聞こえてきた。
そして、異常な痛みが、体内で爆弾でも爆発したんじゃないかという痛みが発生したと思ったら。
俺は気を失っていた。気を失うというのは、便利な物だと思った。




 気がついたのは、どこかの病室のベッドの上だった。
憔悴しきった顔の繭華が、まず目に入った。

「あれから40時間ぐらい経つよ」

「そうか」

 辺りを見渡すが、カレンダーとかは見当たらない。
なんだかやけに静かだ。時間は夜中の10時だった。

「医者が呼んでるよ、そろそろ目が覚めるだろうから、来て欲しいって」

 そこは、俺が通い続けていたあの病院だった。
それなりに動けるので、自分の足で診察室へ行く。
そこには顔見知りの医者がいて、淡々と事実だけが述べられた。

「病気の進行は、想定されたとおりです。申し訳ありません」

 あんたが謝る必要はないだろう。あんたはよくやってくれたさ。
健康な体に近い、痛みの無い生活をくれたのはあんたなんだから。

「ホスピスには空きがありませんか? とにかく、痛み止めだけでも渡しておきます。
新しい痛み止めも、出しておきますね。とにかく、危険な状態になったら、すぐに119番でも
なんでもしてくださいね」

 医者は、いつもとは少し違う薬を出してきた。

「これはモルヒネです。使用には充分に気をつけてください。モルヒネの仲間は鎮痛作用が大変
強いのですが、常習していると、体に耐性ができてしまいます。効きが弱くなりますので使いすぎ
ないようにここぞというところで使ってください。使用初期には眠くなることもありますので、
そこも注意してください」

 少しフラつく足で、診察室を出る。
廊下に出ると、すぐ繭華がいた。

「どうだった?」

「最強の痛み止めを貰ったぜ」

「そう、よかったね、それじゃ帰ろうか」


 
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