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マンハンター コマユバチの城

5章 いつもの街の中で


 

 






「おにい、おっはよー! 起きてる? って・・・繭華さん、いたんだ。
どうもどうも、お邪魔虫はどこにいたらいいでしょうかー」 

 せっかく気持ちよく寝ていたところを、妹の来訪で起こされた。
2人で並んで寝ていたらしい。
変な想像でもしているのか、妹は顔を赤くして、イヤらしい笑みを浮かべている。
ノリとしては、新婚夫婦を冷やかしている近所のおばちゃんといったところか。

「それで、今朝はなんだよ」

「おにいが病院に行ったってさ、電話が家に着たんで、それでおにいの容態がどうだったのかって
お父さんとお母さん、聞きたがっててね、それで様子見、お見舞いにうかがったわけです」

「悪いが病状は一進一退だ。良くも悪くもなってねーよ。
変化なしだって2人に伝えとけ」

「はいはい分かりましたよって、そうそうそれでさおにい、他にも聞いておきたいことがあったん
だけど。いやね、あたしが教えたお店で繭華さんの服買ったんでしょ?
どんなもの買ったのか聞いておきたいと思ったんだけど。
・・・あら、あらら、あららら? もしかしてコレ?」

 妹は目ざとく、ハンガーにかかっている繭華の服を見つけた。

「おお、おおお、おおおおおおお」

 妹の様子がおかしい。
 お しか言わない。
 
「普通のセンスって感じだねぇ。意外や意外。おにいが選んだのコレ?
それとも繭華さんが選んだの?」

「ボクもコイツも、服はよくわからないから、お店の人に選んでもらったよ。
オカマの店長さんと、店員のみっちゃんとかいう人にね」

「ああ、みっちゃんさん! みっちゃんに見てもらったんだ? 
いいなー。あの人、あの辺では何気にカリスマ店員扱いなんだよ?」

「ふーん」
 
 繭華は本当にそっけない。
そんな繭華を尻目に、妹は繭華の新しい服を見て、一人でぶつぶつ言っている。

「これなら・・・大丈夫か、そうね、うん」

「なんだ、わが妹よ、何か言いたいことがあるならはっきり言ったらどうだ」

「うん、おにい、ちょっと提案があるんだけどさ」

「なんだ」

「今日これから、みんなでデートしない?」

 妹の提案は、まとめて言うとこういうことだった。
俺と繭華、妹とその彼氏である加藤弘明くん、2組のカップルで連れ立って
遊びに行こうというのである。

 カラオケ行ったり、どこかで何か食べたり、みんなで買い物したりと
そういうことをしようと、妹は言った。
しかもこれは、ただの遊びではなく、深い意味があるのだという。
いわば、弘明くんと繭華の顔合わせ、互いに紹介しようということだった。

 これから俺が繭華と長く付き合うことになれば、自然、弘明くんと繭華は
どこかで出会うことになるだろう。
それならそれで、2人をとっとと知り合いにしてしまおう、そうしておけば、
のちのち出会ったときに、よそよそしい雰囲気にならずに済む。

 というのが、妹が言うところの、今回のデートの意義であるらしい。

「ねぇねぇキミ」

 繭華が俺の腕を引っ張る。

「なんだよ」

「弘明くんってどんな人だろ、会ったら、どう呼べばいいと思う」

「彼はなかなかいいヤツだ、心配には及ばない。呼び方は・・・そうだな、弘明さんでいいだろう」

 繭華に聞くと、そのデートに対して特に異存は無いらしい。
善は急げと妹は俺たちを急かす。
そして今日は、朝から4人でデートと相成った。



「はじめまして、倉橋繭華です。よろしく」 

 そんなこんなで小一時間後、呼び出された弘明くんと、駅前の広場で待ち合わせ。
初対面の繭華と弘明くんが、そつのない挨拶を交わす。

「加藤弘明です。はじめまして倉橋さん、今日はよろしくお願いします」

 加藤弘明くんは妹が昔から付き合っている彼氏だ。
メガネの好青年だが、こう見えてスポーツ全般得意で、高校時代はバスケ部の選手としても
けっこう頑張っていたらしい。

「こちらこそ、丁寧な挨拶、ありがとうございます。よろしくお願いします弘明さん」

 んで、この返答は繭華。
そしてペコペコペコと、日本人らしい会釈が繰り返される。
しかし、繭華の雰囲気がおかしい。なんか借りてきた猫みたいに大人しい。
こんな常識的な発言が出来るのかこの女は。
俺と相対している時と全然違うじゃないかと思い、俺はわずかながら憤りを感じた。

「それじゃ、どこ行こっか。ヒロくん」

「急でなんですけど、カラオケとかどうでしょう? この時間帯だと安いんですよ」

「安いってのは素敵だな。繭華はどうだ? カラオケ」

「カラオケの店、行ったことがない」

「繭華、何事も経験だ。それではカラオケに行こう」

 こうして俺らはカラオケに向かった。


 カラオケに行くと、和泉のやつ、なかなかマイクを離さない。
1人で歌い、弘明くんとデュエットし、そして1人で歌い、と、1人歌謡ショーになってしまう。
俺は途中で何度か妹からマイクを奪い、自分で一曲、そして弘明くんに一曲と、公平にみんなが
歌えるように仕向ける。

 繭華は、カラオケで歌ったことがないから恥ずかしいと、なかなか自分で歌おうとしなかった。
それでも半ば強引に歌を勧める俺。カラオケに来て、歌わないヤツを出してはいけない。と思った。
別に下手でもいいんだし。

 繭華はしぶしぶマイクを取った。
チョイスした歌は、滝廉太郎とかいう昔の人のやつだった。
なんと言ったかは忘れたが、小学校のとき、音楽の時間に歌った記憶のある歌だった。
なるほど自分として歌ったことのある歌を選んだということか。
堅実と言えば堅実だ。
しかし渋い。

「渋い」

 妹が感心したようにつぶやいた。
兄妹で同じ感想を持ったらしい。
後で聞いたところ、弘明くんは懐かしいと思ったそうである。



「次はなんか食べましょー」

 和泉の提案を受け、4人は食べ物を求めて放浪を始めた。
それでどこに行こうか迷った挙句、繭華が「あの店がいい」
と喫茶店ルフランを推薦。特に断る理由も無く、自然とそこに決まった。

 俺と繭華は先日に続いての来店である。
和泉と弘明くんは前にここには来たことがあるらしく、この店のお勧めはたらこスパゲティ
だと教えてくれた。

 俺たちは店のおばちゃんに奥の席へと案内される。
窓際一番奥、4人がけの席に座る。
俺の隣は和泉、向かいに繭華と弘明くんが座る。

 一息ついて腰を下ろしたところで、和泉は待ってましたといわんばかりに
話をし始めた。
 
「ねぇおにい。そろそろ聞きたいんだけど・・・繭華さんには、いつどこで、どんな告白したの?」

「告白?」

「いやあ、女にほとんど興味を示さなかったおにいがどんな言葉で繭華さんを篭絡したと思うと。
なんかこー、妹としてはそこらへん、聞きたいなと」

「告白・・・」 

 言われてはじめて気がついた。そう言えば、俺は繭華に対して恋人になってくれとか、
そういうことを言った記憶が無い。
どう言うか考えて、目が泳いでいる俺の表情を読み取ったのだろう。
妹は「まさか?」という表情を顔に浮かべている。

「あのですね、あれですよね? 自然発生的に、2人はなんとなく一緒にいるようになった・・・。
そういうことですよね?」

 弘明くんがフォローを入れた。
いや、そんなフォローを入れるようなものでもないと思うのだが。
しかし、考えてみると弘明くんのフォローは、フォローというよりも事実に近いと、
いや、事実その物だと言えた。

 俺と繭華は、どちらかがどちらかに恋愛感情を伝えたというのではなく、
たまたま知り合い、意識せずになんとなく一緒にいるようになった。
とまあ、ただそれだけの間柄だった。
恋人どうしとは言い難い、さりとて友人というのとはちょっと違う。
俺は、俺と繭華の人間関係を適切に伝える言葉が思いつかなかった。

「ま、猫みたいなもの」

 繭華が喋りだした。

「ボクは温かくて安全な昼寝の場所が欲しかった。
それがたまたまコイツのマンションの部屋だった。
たまたま偶然がいくつも重なって、ボクはアソコに入り浸るようになった。
それだけのことさ」

「そ、そう」  

 和泉も弘明くんも、何か頭にハテナマークでも浮かべているような表情で
繭華を見ている。
しかたがないか、繭華の言葉は答えではあるが、他人には分かりづらいだろう。
詳しい説明をしたいところだが、どこまで隠してどこまで喋ればいいのか
俺は判断が瞬間的につかなかった。

『お昼のニュースをお伝えします』

 ふと、店内放送のラジオが入った。
いや、今までも入っていたのだが、意識していなかった。
何かの音楽がずっとかかっていただけだったので、CDか何かをかけているだけだと思っていた。

『一昨日未明、○○県○○○市のホテル、グランド観光ホテルで火災があったニュースの続報です』

 近いな、と、誰かが言ったのが聞こえた。

『当時、同ホテルに泊まっていた客、250名は行方が分からなくなっており、警察では
焼け跡から見つかった遺体をその宿泊客だと見て鑑識を急いでいました。
しかし、鑑識の結果、これらの客の遺体は炎で巻き込まれる前に酷く損壊していたらしく、
その損壊状況などから、これらの遺体全てがマンハンターと呼ばれる一連の猟奇殺人鬼によって
殺害さたれものであると断定しました。
 ここで警察署前でのインタビューをお聞きください』

 店の中の人間全員が、事件のニュースに耳を傾けていた。
先ほどまでの店内のあわただしさや活気が、一瞬にして止まっていた。

 そこで何を思ったのか、店のおばちゃんが突然、カウンター脇のラジオに飛びつき、
チューナーをいじったかと思うと別の放送に切り替えてしまった。

「すみませんねー、お客さんたち、あたしこういう残酷なニュース苦手でねー。
悪いんだけど、当たり障りの無いものをかけさせてもらうよ」

 ラジオからは、先ほどとはまったく別の、明るい女の声が聞こえてきた。

『・・・はい、それで今日も始まるラジ・バインなわけですが!
・・・新企画登場ー。ドンドンパフパフー!
はい、楽器も無いんで口で言います! 口が命のカオルです。
ってか、なんで無いのよ?! あれ、ええっと、アレですアレ、
コレをソレするアレですよ。あのラッパみたいなやつ。
ラジオ局には1つぐらいあってもいいでしょうに

 ま、いいか。
それでですね今日から始まる新企画。その名も「あなたを祝福、光あれ!」です。
光あれ・・・ね。どうでしょうねこの名前、ネーミングはいつもの通り局長の
アイデアなんですが、一応説明しておきますが、宗教色とか、そういうものは一切ありません。
光あれとか言ってますが、どんな宗教とも関係はございませんので、そこらへん、お間違えの無い
ようにお願いいたします!!

 それにしてもなんかマジックポイントでも回復しそうな言葉ですね。
ま、そんなことは置いといてですね、そんでこのコーナーでは、「誰かに祝って欲しい私的出来事」
を募集しています。
「こんなにいいことあったのに、誰にも言うことが出来ない」とか
「1人の誕生日は寂しいです! 誰か祝ってください!」
と、言ったような現代の片隅でひっそりと生きている孤独なリスナーさんや、
そうではないけど、より多くの人に聞いて欲しい、祝って欲しいというようなリスナーさんのために、
誰かのお祝いごとをみんなで祝っちゃいましょう! というコーナーです』

 それにしてもこのラジオ番組、能天気極まりない内容である。
前から少なからず思っていたが、最近その傾向に拍車がかかってきたような気がする。
見ず知らずの他人のお祝い事をリスナーみんなで祝ってあげようというその感覚。
お人よしというか、暇人というか、物好きというか。

 それを思うと、俺の中に少しばかりの乾いた笑いがこみ上げてきた。
そもそもマンハンターとかいう猟奇殺人鬼のニュースが多く流れている殺伐としたこのご時勢でだ、
その片隅で大勢の人間が集まって「ハッピーバースデートゥーユー」とか歌っているのを
想像すると奇妙なおかしさがある。

「・・・ねぇおにい、変な顔で笑ってるけど、どうしたの? キモイよ」

 キモイは無いだろうキモイは、俺は少し傷ついたぞ。



 さて、それは置いといて食事だ食事。

「ボクはメロンパフェを食べるぞ、もう決めていたんだ。キミはモカパフェとかいうのを頼むといい」

 繭華が勝手に俺のメニューを決めてしまう。

「それでモカパフェを1/3ぐらい味見させてくれ、代わりにキミはボクのパフェを1/3ほど
食ってもかまわない」

 両方味わいたいということか。
妹と弘明くんはたらこスパゲティにしたようだ。
注文を終え、俺たちはしばらくくだらないことをベラベラと喋り続けた。

「繭華さん、今度、あそこの水族館行こうよー、マジ面白いから」

「ですから、最近の映画の効果音には納得できないんですよ」

「コイツさ、車を買う甲斐性も無いのに、どうして車の雑誌ばっかりいっぱい持ってるんだろ?」

「あれはロマンなんだよ」

「車といえば、スタントで使うものなんですけど、あれは・・・」

「うわ、ちょ、弘明くん、おにい、繭華さん見て見て、巨大パフェを1人で注文した
おじさんがいるよー」

 そうこうしているうちに注文していた物が運ばれてきた。
飢えていた俺らはそれを貪るように食べ、喫茶店を後にした。

 こんな時期にパフェを食うと、後で寒さが身に染みた。

 その後、少し街の中ウロウロしたあと、俺と繭華は和泉、弘明組と別行動を取った。
もうしばらく街の中をうろつきまわろうかと思っていたが、繭華が少し寒いと言い出したので
マンションに帰ることにした。





 
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