レトロゲームトラベラー

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マンハンター コマユバチの城

2章 勝手にきたもの






 

 繭華と出会って、ちょうど一週間の時間が流れた。
繭華とはあれ以来出会うことは無いし、こっちも特別探そうとはしていない。

 世の中には相変わらず変わったことは無く、せいぜい、たまにマンハンターに絡む事件が
ニュースで報道されるぐらいである。

 俺はこの日も、いつもの散歩を終え、マンションの部屋に帰ってきた。
すると、部屋に明かりがついているのが見えた。
明かりを消し忘れたのかもしれないといぶかしがりつつ、俺は部屋へと入る。

 部屋の真ん中では、妹が勝手に俺の食料を食っていた。

「あ、おにいお帰り」

「今日は加藤くんとデートじゃなかったのか」

「加藤くん、今日は本当に忙しくて無理でした、ゴメンってメールしてきて、
ご飯のあてが無くなったからここにきたの」

 妹の目の前には、パックのご飯やレトルトのスープが並んでいる。
他に肉の炒め物もあった。少し前まで料理なんて何もできなかったのに、
どうしたわけかちゃんとした炒め物を作ったようだ。

「やれやれ、そんなものでいいのか? 俺、これから飯作るから、
良かったら食うか?」

「ううん、もうお腹いっぱい」

 妹は手元にあったテレビのリモコンを持ち出し、
テレビの電源をビシビシとつけた。

「ねえ、おにい、この部屋さ、随分物が減ってない?」

 意味も無くテレビのチャンネルを切り替えつつ、
妹はポツリとそう言った。

「そうか? いらない物は捨てているが」

「なんかさ、おにい、身の回りの整理をしようとか、そういうこと、考えてないよね」

 鋭い。いや、バレバレか。
俺は自分の死が宣告されたその日から、自分の身の回りにあるものを一つ一つ片付けている。
俺が死んだら、部屋にあるものをどうしていいか、みんなは分からなくて困るだろうから。

 最初はエロ本とかから片付け始めたのだが、今では家財道具すら少しづつ暇を見つけては
リサイクルショップ等に持っていっている。

「自分が死ぬなんて、おにい、思ってないよね」

「ああ、思ってないよ。俺だって死にたくねーって。安心しろよ、そうそう簡単に死んでたまるかよ」 

 妹には俺の病状を伝えていない。いや、伝えることが出来なかった。
どう言って伝えれば良いか分からなかったから、何も言っていない。
だが、俺の身体の調子が悪いということは、こいつも知っていることなので
時折、こうして不安げに俺にいろいろと聞いてくるのだ。

 そこで会話が止まり、部屋はシンと静かになった。
その静寂を打ち破ったのは、部屋の呼び鈴の音だった。

 ピーンポーン。

「はいはい、どちら様」

 インターホンを見ると、そこには繭華の姿があった。
なんだか、前のときより数段汚れていた。









 今、俺の部屋には妹と繭華がいる。
繭華は俺が食おうとしていたニラ粥をワッフワッフと食べている。
よほど腹を空かせていたのだろう。良い食いっぷりだった。

「繭華さん、元気してたー?」

「和泉さん・・・だったっけ、こいつの妹。うん、元気」

 こいつ、のところで、俺を箸で指し示す繭華。
それは箸のマナー違反なんだぞ。

「しっかし、繭華、おまえよく食うなぁ。まだ食うか?」 

「お代わり」

 繭華はそう言って、ドンブリをこちらに差し出した。

「と、ところで繭華ちゃん、あのさ、もしかしてここ最近、お風呂に入ったりしてない?」

 その妹の言葉に、繭華の手がピタッと止まった。

「ちょっとおにい、お風呂ぐらい入れてあげなよ。
繭華ちゃん、お風呂もついでだし入っていってよ。今の状態じゃ可愛い顔が台無しだよ?」

 しばらく沈黙を守る繭華。
しかし数秒後には何か小さくうなづいた。




 繭華の風呂の面倒は全て妹が見ている。
あいつが居てくれてよかった。まさか俺がいろいろと世話してやるわけにもいくまい。
着ていた服は全自動洗濯機に突っ込んだようだ。あれは乾燥機能もついているので、
服も下着も全て綺麗になるだろう。

 仕事が一段楽したのか、妹が脱衣所から出てきた。

「おう、お疲れ」

「ふぅ、あのさぁおにい、あの女の子、結局なんなの? おにいの恋人じゃないの?
なんて言うか、あれじゃ家出してきたホームレス少女だよ」

「ああ、まあそんな感じか」

「大丈夫? 心配だよ、あんな娘置いとくの。警察とか親御さんとか・・・
しかるべきところに連絡したら?」

「そんな必要も無いだろ、子供じゃないんだ。連絡が必要なら連絡しているさ」

 ショットガンで人の頭を吹き飛ばした女だしな、警察に連絡してどうこうするっていう
ものでもないか。・・・いや、そもそも警察に連れて行くべき人間なのだな。



 それを俺はどうしたいのか。
分からない。

「拾ってきた猫じゃないんだから、ちゃんと考えていてよ? おにい」

「ああ」

 返事はしたものの、自分でもどうしたいのかはよく分からなかった。
もしかしたら、俺はペットでも拾ってくるような感覚で、繭華を拾ってきたのかもしれない。







『イセカオルのラジ・バインの時間がやってまいりました!
えー、今日はまた一段と冷え込みましたねー。そろそろ手袋とか欲しいところですかね。
さて、寒い寒いときたわけですが、寒くなるとね、あれです。私は野良猫が少なくなって
くるのが寂しいです。私が会社に通う道に、いっつも同じ場所にいつも同じ猫がいるのですが、
そいつがね、居なくなるのですよー! 寒くなると。

 毛並みも良いし、もしかしたらどこかの飼い猫さんなのかもしれません。
はい、白と黒のホルスタインみたいなガラのデブ猫さんなんですがね、それがまた
可愛いのなんの! いや、友人に言わせると「ふてぶてしい」だの「態度でかい」だの
言われてしまうのですが、私はどうもそういう猫が好きみたいで、どうにも愛して仕方がありません。
暖かくなったら出てきてねー、カオルのお願いです』

 妹は家に帰った。
今、俺はこの部屋で繭華と2人きりである。

「そのラジオ番組、キミも好きなんだ」

 繭華が風呂から上がってきた。

「ああ」

 俺は部屋に置いてあるコンポでラジオを聴いていた。
スピーカー等にこだわりのある、ちょっとした自慢の一品である。

「ボクも好きだったなーコレ。最近は聞いてないや。まだやってたんだ」

「長いよな、これ」

「うん」

 俺たちは、そのままラジオに聞き入った。

『今日の話題は「キュンッ」てなった瞬間です。
みなさん、最近胸キュンはありますか? 好きなものにキュンキュンしてますか?
すごくキュンキュンしてる? 痛いぐらい? あれあれ注意してね、うちの局長と
同年代の人ならそろそろそれは不整脈のサインですよ!

 ってゴメンなさい。あーん局長、そこで見てるよー。ゴメンね、笑って済ましてね。
さて、それじゃ今日は「ら・仏蘭西」というインディーズバンドの「月の夜・星の夢」
をかけておくね。これが4分30秒あるから、その間に誰かメールしてね。キュンキュンになった
ことに関するメールだよ? 不整脈が出たとかは、あたしに言うんじゃなくて、お医者さんに言って
くださいね。
メール、ちょうだいね、お願い! メールが採用されたみんなにはプレゼントもあるよ!
アドレスはこちらまで・・・』

「なあ」

 俺は繭華に声をかけた。

「なに」

「今日は、どうしてうちに来たんだ?」

「分かんない」

「分かんないって、おまえね」

 繭華はそこで考え込んだようだ。

「いろいろと街の中でやることがあって、それでまあ、いろいろとあったんだけど。
なんかさ、こうよく分んないんだけど、フラフラと歩いてたら、気がついたらここに来てた」

「飯に誘われてか?」

「そうかもしれない」

 俺たちはその後、しばらくそうしていた。
ただ、ラジオを聴いて、たまにポツリポツリと気になったことを話題にしたりするだけ。
なぜか、今までもずっとそうしてきたように感じられる、すごく自然な時間だった。

 ふと、俺は繭華を見た。
無造作に伸びた黒髪は、シンプルなゴムで束ねられて、後ろに流されるままになっていた。
よくよく見ると、結構子供っぽい顔立ちをしていた。
体つきも子供っぽい。というか痩せすぎだ。
 俺なら、もう少しふんわりとした体のラインがあったほうがいいと思う。
今の状態の繭華では、髪の長い男の子のようにも見える。化粧っけも無い。

「なに、ジロジロ見て」

 俺の視線に気がついたのだろう。
繭華はおもむろに体育座りになってこちらに対して警戒の態勢を取った。

「なんかさ、小さいな、と思って」

「何が」

「おまえが」

「・・・そうだね」

 それがその日の最後の会話だった。
後はただ、ずっと2人でラジオを聴いていた。

 
 
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