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マンハンター コマユバチの城

1章 拾いもの


 

 
  この作品は、フィクションです。
 作品内に登場する全ての事象は、実在のものとは一切関係ありません。
 
 
 





 

 俺の死は、1年後に迫っていた。
どうもそうらしい。実感が無いが、そういうことらしい。
 原因不明の発熱がしばらく続いたのが大学2年の時、それで学校を休学、
しばらく放っておけばどうにかなるだろうと思っていたがそれがどうにもならない。

 あちこちの医者に見てもらったが異常無し。
「少し数字がおかしいけれど」と血液やら心臓やら肝臓やらのデータを見せつけられるがいまいち
異常の原因は分からない。

 そうしているうちに発熱と体調不良は悪化の一途を辿り、おかしいおかしいと思っているうちに
身動きできない状態に。

 それでとある大病院に入ってみれば「こりゃやばい」と病気が見つかる。
それなりにレアな病気らしく、そこらの医者ではわからないものだったそうで、
それで見つからなかったのも仕方が無いと、そういったことらしい。

 それで、貴重な先輩方(鬼籍)のデータをあーだこーだ引っ張り出して出てきた答えは
余命1年というものだった。

「これからの1年間は、好きなように生きてください。運がよければ治療法も見つかるかも
しれません」

 医者にはそう言われたが、あいにくこちとら、運が悪いことには自信がある。
くじやら懸賞やら、「当たる」類のものは生まれてこのかた当たったことは無い。
そもそもこんなレアな病気にかかっていること事態が、運が悪い証拠ではないか。

 そうそう、1つだけ良いことがあった。 
病気の発熱や全身の痛みを無くす薬を、大量に処方してもらったことだ。


 最近は散歩が趣味になった。
と言っても、それは散歩で健康に成ろうとか、そういう前向きな理由からではない。
人間のやることと言うのは、たいてい数日か、それ以上の時間や日数がかかる作業が多い。

 そういうのをやって中途半端な状態で死にたくはないと、そう思ったから、
その日その日を1回こっきりで終わらせられる散歩というものは、適当な具合に自分にマッチして
くれる趣味だと言えた。


 しかし、昼間はなるべく歩きたく無い。
知り合いと出会うのは憂鬱だった。奴らは「大丈夫か?」と、いかにも死にそうな人間と向き合って
いるような表情をして心配するのだ。あの顔は見ている方は結構嫌になる。
まあ、死にそうなのは確かなのだが。

 それに元気いっぱいの人間を見るのも嫌だった。
こっちはいい加減根性が捻じ曲がった人間になってしまっているので、「未来に希望を持つ若者」
等を見れば、腹立たしいことこの上なかった。

 ただのひがみ根情だと自分では分かっているのだが、分かっていたところでどうにもならない。


 それで散歩の時間は、だいたい夜と決めている。
夜に散歩していると言うと、友人の誰かに「そんな暗い中を歩かなくてもいいじゃん」と言われた
こともある。
しかし、夜は決して暗くない。
 夜は暗いのではない、太陽という光源が失われている時間帯だと言うだけのことだ。
自然の光源では空には星も月もある。
それに俺が出歩くのはどうせ街の中だ。人工物ならそれこそ数え切れないほどの光が辺りを覆いつく
している。
暗いところを見つけるのが大変なぐらいだ。
家々に灯る小さな光、ビルに灯る人の活動の光、町の中を流れる車の大量のヘッドライト、道路を
照らす街路灯。
夜ほど、太陽以外のありとあらゆる物の活動がはっきり見える時間も無い。
夜ほど、人間のせわしない活動がはっきり見えるようになる時間も無い。 
人の活動の姿が、一番よく見える時間、それが夜なのだ。

 その日も俺は街の片隅を散歩していた。
とある地方都市の繁華街、その裏道。
不況のせいか、犯罪者にも見捨てられたのか、人っ子1人いない。

 ふと頭をもたげると、居酒屋の明かりが見えた。
客の1人もいない居酒屋で、テレビだけがずっとやかましくペチャクチャと喋っているのが見えた。

「今月に入って、日本国内ではマンハンター事件による死亡者が100人を超えたとの情報があり
ます・・・」

 ニュース番組なのだろう、男のニュースキャスターが決められたとおりの文章を次々と読んでいく。

「専門家の分析によりますと、マンハンターと呼称される猟奇殺人鬼の集団は、
今では全国どこにでも出現する可能性があり、各家庭や教育機関、職場等では今まで以上の防犯対策
が求められるとのことです。次は補助金のニュースです。政府は家庭の防犯対策に補助金を出すと
いう閣議決定を下しました・・・」

 マンハンターか。
そう言えば、いつからだったろう、こいつらがニュースを騒がせるようになってからしばらく経って
いるような気がする。

「次のニュースです。長野県の工事現場から大量の爆薬が盗まれているという報告が警察にありまし
た。警察ではここから盗まれたと思われる大量の爆弾がテロに使われる可能性もあるとして、厳重に
警戒しています・・・」

 ネットで拾った話題や、人から聞いた話では、このマンハンターとか言う猟奇殺人鬼は人を殺して
その肉を食べる異常者なのだそうだ。そんなことをして何が面白いのかよく分からないが、とにかく
そういう奴らが今の世の中を騒がせているわけで、しかもそいつらは「殺されて食われた」人間の数
から推測するに、相当な人数がいる。ということらしい。

「専門家の話では、マンハンターと呼ばれる猟奇殺人者は普段は一般人として生活しており、
殺人を犯すチャンスを常にうかがっているとされています。
あまりにも殺人件数が増え過ぎると、警察が事件に対処しきれなくなり、マンハンターたちは
専門家が『カタストロフィ』『治安の敗血症』と呼ぶ状態を作り上げると警告しています」

 ここで俺がそのマンハンターとやらに殺されたらどうなるか。
案外「病気持ちだぜ、こいつは、不味い」とか言って俺の肉を放り出すかもしれない。
俺の心にかすかに笑いがこみ上げてきた。そうなったらなかなか面白い。






 少し冷たい風が吹いてきた。
そう言えばそろそろ季節は秋になる。
俺はコートの一番上のボタンを閉じて、襟を上げた。
 
 ふと、なんとはなしに人の声が聞きたくなって、ポケットラジオの電源を入れた。
片耳にだけイヤホンを入れ、お気に入りの周波数にチューニングを合わせる。

『イセ カオル のラジバインのコーナーです。さて、最近寒くなってきましたね。
そうでもない? いえいえ、メッチャ寒いですよー。さっきも暖かい缶コーヒーが欲しくって外の
自動販売機に出かけたんですけど、そこで冷たいコーヒー買っちゃって、(ザザッ)もう最悪なん
です。この冷たい手をますます冷たくするなんて、なんて悪魔的な自販機! ご近所の自販機は
怖い子です!

 ・・・えー、ごめんなさい、寒いのあんまし関係ないですね』

 イセカオル 確か漢字で書くと伊瀬香緒留 だったか。
最近はなんとなくこの番組が気になり、気がついたらこのラジオを聴いている。
 
 内容はと言えば、まったまくもって他愛のない話ばかり。
このイセカオルという女が、その少しピーキーでハイテンションな声で日常にあったことを
喋り捲るだけという、それこそどうでもいいような内容だ。

 でも、それが良かった。
あまりくどい内容では聴いている方が疲れるし、このぐらい軽い話題がちょうど良い。
そもそもラジオなんて、ながら作業で聴くことが多いのだから、こういうあまり意識を集中しない
話題を喋ってくれるDJのほうが俺としてはありがたい。

『そう言えば、うちのスタッフの三上さん、自動販売機っていう単語をパソコンのメールで売った時、
自動販売機の自動の所を子供の児童に間違って変換しちゃって、(ザザッ)しかもそのまま相手に
送信しちゃったそうです。
児童の販売機って・・・こわっ、怖いですわよ三上さん。それってどういうもの? 子供たちが
販売機に入っているの?
ああー、だめだめ。子供たちを悪い大人から(ザザッ)守るのは社会の良識ある大人たちのマナー
です。
子供がもしも販売機に入っていたら・・・どうしましょ? 誰かこの話題でメールを打ってください。
うーん、だめ?  怖い話題NG? まあいいや、(ザザッ)お便りまってます。メールのあて先は
ここ・・・』

 どんな話題だよ。俺は思わず苦笑いしてしまった。
そう言えば、ラジオに少しノイズが入るな。

 わずかなノイズだが、癇に障る。
どこかクリアな音が拾えるところが無いだろうか。

 俺は記憶から、街の中でも電波状況が良さそうな場所を探り出す。
それで思い出したのはここから100メートルほど先に行った所にあるビルの屋上だった。


 そのビルを表現する言葉は、「古びた商業ビル」以外にはないだろう。
名前は分からない。ただ、24時間経営の店が何軒か入っているため、いつでも入れるのが
ポイントだ。そこの屋上は駐車場になっている。駐車場への出入りは自由なので、そこに行くのは
容易なことだった。

 気分よく足を動かし、俺は目的地へと歩みを進めた。
そこで俺は、視界に入ってきた風景の片隅に、何か不思議な物を見た。
キラキラと光る棒状のもの、一瞬、それが何かよく分からない。
・・・ナイフだ。ビルとビルの間のちょっとした隙間から、ナイフがキラリと見えていた。
位置や様子からして、人が手に持っている物が見えているのだろう。
 
 ナイフが見えていたのは、ほんの一瞬だった。
次の瞬間には、もうビルの陰に吸い込まれ、見えなくなっていた。
そしてナイフが吸い込まれたビルの陰から、1人の小柄な人間が出てきた。
野球帽のような帽子を被った。男だか女だかよく分からない奴だった。
身のこなしからしてかなり若いやつだろう、もしかしたら子供かもしれない。
帽子を目深に被っているから、表情はよく見えなかったが、そいつはしきりに誰かを探している
ようだった。

 なんだろう。もしかしたら、こいつは噂のマンハンターというヤツかもしれない。
そいつはお目当ての人物を見つけたらしく、通りを歩いていた1人の人間にさりげなく付いていく
様子である。

 追跡されている男は、何も気がつかぬ様子で、俺が行こうとしていたビルに入っていった。
そして野球帽の子供も、そいつの背中を追いかけ、ビルに入っていった。

 ・・・ま、かまわんか。
少し遅れて、俺もそのビルに入ることにした。

 何かトラブルに巻き込まれたら大変だとも思ったが、
別に俺はここで殺されても困らない人間なので、どんなことが起こってもどうでもいいと思った。






 ヤニ臭いエレベーターを使い、屋上に出る。
そこにあるものは以前から変わらない風景だった。
製薬会社の看板の骨組み、いつから止めてあるのか分からない自動車、無造作に置かれた掃除用具。
乱雑で、いかにも都会的な光景だ。

 ここに来た途端、ラジオの音は急にクリアになった。
これなら良い感じで聴くことが出来る。

『えーと、さっきの児童販売機へのレスが帰ってきました。
「こんばんは、カオルさん」
 はい、こんばんはー。
「さっきの販売機なんですけど、カオルさんにしてはダークなネタでしたね。
びっくりしちゃいました。私、友達と一緒にラジオ聞いてたんですけど、それで
友達が良い方法を考え出してくれました。
販売機の中の子供を、カオルさんが全部買っちゃえば良いんですよ。それで育てれば
モーマンタイです。心配ご無用!」
 って、いやー、あたし子沢山ですねそしたら。
でも、あたしの給料程度じゃお金が足りません。これは社長に給料を上げてもらうように直談判する
しかないですね』

 それは良い方法だ。イセカオルが買うかどうかは別にしてだ。
しかしそれにしても能天気な答えだ。
売買されている人間がもしもいたとしても、それは心の正しい人間が買っていけば問題ないだろう。
と、そういうわけだ。
 
『それでは、ここで1つ、音楽でも聴いていて貰いましょうか。
はい、ここはあたしのお勧めのバンドで「ホメオスタシー」っていう人たち、
インディーズなんですけどね、その人たちの新曲が出たので聴いて欲しいんです。
それではどうぞ「ボクタチのアポリア」』

 曲が始まった、そのとたん、バンッという破裂音がどこらか聞こえてきた。
なんだ? なんの音だ?
なんか軽い感じの音、火薬かなんか、そう、爆竹が破裂する音にも似ていた。
曲の一部かと思ったが、どうも違う感じがした。そもそもイヤホンを着けていない耳の方から
炸裂音が聞こえた感じだった。

 なんだろう。俺は好奇心の赴くがままに、音のした方に向かって歩き出した。


 音はこの屋上からした。
そこから推理すると、爆発音を立てたやつは、案外近くにいる。
そして俺がいた場所から見て死角になる位置にいるはずだ。
周囲を見渡すと、死角になっているのは一ヶ所だけ、屋上にあるコンクリート製の建物の裏ぐらいだ。 

 とくに警戒することも無く、俺はそこに向かった。

 そこは血の海だった。
いや、血なのかどうかは、正直よく分からない。
ネオンから漏れる光だけでは手元すら暗く、辺りの風景は形はともかく色までは見分けがつかない。
 とにかく、なんらかの液体がそこらのコンクリートやアスファルトにぶちまけられて、
べっとりと濡れている。それが分かるだけだった。
ただ、匂いはした。血の匂いだろうというのはすぐに理解した。

 しばらくその風景を観察していると、その血の海の始まりの辺りに、何かが
転がっているのが見えた。
何が転がっているのかよく見えなかったが、よくよく見ると人間の身体のようにも見えた。
ただ、どうもおかしい。いびつな形をしている。

 あれが足だろ? あれはどう見ても手だし、それだとあの辺りは腹から胸の辺りか。
ああ、下はジーパンで、上着代わりにコートを羽織っていたのか。
と、そこまではOK。ただし、頭に該当する部分が無い。

 少ししてようやく分かった。
ああ、頭が無くなっているか。

 ・・・ふむ。おかしい。こういう物を見たら、自分でももう少し取り乱すものだと思っていたが。
おかしくなるのを通り越して、冷静になってしまったのか? それとも案外平気なものなのだろうか?

 推測でしかないが、正解は「自分の死を毎日考えていたので、他人の死に無頓着になった」とか
そういったところかもしれない。

 しかしどうしたものか、ここは逃げるべきなのか。
いや、ここはスタンダードに警察を呼ぶべきなのか。
 そういや、あいつの頭はどこ行った? まさか羽が生えて逃げ出したわけじゃあるまいに。
ん? ああ、あったあった。いや、あったというか、よく見ると粉々になった生き物の体の欠片
みたいなものがあちこちに散らばっている。

 それと、大事なことがもう1つ。
殺人犯がどこかにいるはずなのだが、それはどこだ?

 さっきの爆発音がこの屋上から出ていて、それでこいつがここで死んでいる。
というのは、この殺人が今まさにここで行われたということではないか。


 そこで俺はようやく気がついた。
ビル屋上に設置されている看板の裏(飲食店のもの)、そこに人間が1人立っていたのだ。
俺はそいつを横から見ている形になっている。

 髪が少し長い、体つきも華奢で細い、女か。
頭には野球帽のような帽子を被っている。
パンツスタイルに上着はジャージか? なんとなくだが背も低い、子供のようにも見える。
右手には銃器のようなものを持っている。パッと見、なんなのかよく分からないが、たぶん
ショットガンというやつだろう。映画やゲームで多少見たことがある。
背中にはリュックサックを背負っているようだ。

「はぁっ、はぁっ、はっはっはっはっ、はぁっ、はぁっ」

 女は息が荒い。極度の緊張状態にあるように見える。

「はぁっ、はぁっ、は」

 震える右手を、左手で押さえる。

「指、指、固まるって、ホントなんだ。銃、外れ、ない」

 女は自分の手から銃をもぎ取るのにしばらく手間取っていた。
ようやく銃をもぎ取ると、それをリュックに無造作に放り込み、
おぼつかない足取りでよたよたとエレベーターの方に向かって歩き出した。

「やった、やったよ、やってやったよ・・・ボクがやったんだ・・・」

 女が数歩、歩いたところで、ドシャッと音がした。
見ると、女はそこで気を失って倒れ込んでいた。









 俺はその女を背負ってマンションの一室に帰った。
(お持ち帰りと言うべきか)
自分でも、正直馬鹿げたことをしていると思う。

 散弾銃を持った殺人犯の女を、気絶していたからとは言え、わざわざ家に連れてくる
こともないだろうに。物好きも度が過ぎる。

 そう言えば警察にも通報していない。
あの死体、見つかったら大騒ぎになるだろう。
あの現場に俺が居たことが警察とかに知れたら、自分はどうなるのか。

 いや、全てはどうでもいいことだ。
どのみち消えてなくなる命、どうせ1年と持たずに死ぬ運命なのだ。
それならそれで、自分がどうなろうと、それこそ知ったことではない。

 例えば、あの女が散弾銃でいきなり俺を撃ち殺すというのも面白い。
あのぶっ倒れていた男みたいに、パーンと頭とその中身をぶちまけて死ぬというのは
どうだろう。はたから見れば凄惨な死に方だが、本人からしたら別に苦しみは1つもないので、
それはそれで苦しみぬいて死ぬよりは幸せな死に方かもしれない。
ああ、しかし部屋が血まみれになるのは気が引けるな。ここの掃除の仕事に当たった清掃作業員は
ご愁傷様だ。

 女は今、俺のベッドに寝かせている。
よく寝ている。疲れていたのだろう。周囲で物音を立ててもまったく目を覚ます気配が無い。
ろくに飯も食っていないのか、身体はとても軽かった。背負って持って帰ってくるのには楽で
よかったが。
 そう言えば髪の毛は結構長かった。帽子を取ってみたらバサッと広がってビックリもした。
下ろせば背中の真ん中ぐらいはくるかもしれない。それにしても無造作に伸び放題に伸ばした感じだ。

 次にやることはなんだろう。
そうだな、飯だな。とにかく食い物だ。俺も腹が減っているしちょうどいい、すぐに何か作ることに
しよう。


 料理開始から10分経過。
愛用の雪平鍋の中で調理されている食材は、いつもの2倍の量である。

 火加減、塩加減、を確認しつつ、最後に牛乳を投入する。

「おい」

 首の後ろ辺りから、誰かの声がした気がする。女の声だ。

「そのまま動くな、何をしている」

 動くなって、何が?

 ふと首元に冷たさを感じたのでチラッと見た。
キラリと光る何かが見えた。ナイフだ。結構切れそうなナイフ。
そのナイフの刃が、俺ののど仏の辺りにチクチクと当たっていた。

「ナイフならいらねーよ。これは煮るだけでオッケーなんだ」

 俺は、相手に対して軽く切り返した、しかし、相手から返答は無い。

「ボクに聞かれたことに答えろ、何をしている」

「料理してる」

「何を」

「オートミールだよ。牛乳を少し入れて煮るんだ。美味いぞ」

 そこで、またしばらく会話が途切れる。
火と鍋以外、部屋の中で動くものは無かった。

「なあ、ちょっといいか?」

「なんだ」

「このままいくとオートミールが吹きこぼれちまうんだ。火ぐらい止めていいだろ?」



 彼女は火を止めることは許可した。

「さて、どうする? 腹減ってないか? 食うか?」

「おまえ、何が目的だ」

 ピーンポーン。
そこで、俺ん家の呼び鈴が鳴った。

「・・・出ろ」

「はいはい」

 俺は彼女に命ぜられるままにインターホンに向かう。

「はい」 

『やっほー、おにい。起きてる?』

 妹の和泉(いずみ)だ。

「ああ、起きてる。入って来いよ」

『はーい』

「・・・ちっ、来客か」 

 女の子はナイフをしまい、ベッドの方に向かった。

「ボクはここにいていいのか」

「ああ、問題無い。っていうかもう来るぞアイツ」

 ガチャン。部屋の玄関が開いた音がした。

「やっほー、おにい、今日もいろいろ持ってきたよー・・・って」

 妹は部屋に入ってすぐに、それに気がついたようだった。

「ベッドの女の子・・・だれ?」  



 俺が拾ってきた女の子はベッドの上に座った姿勢。
それに対して妹は座布団に正座の姿勢で相対している。

「おい、ベッドの上の名無しのごんべえ」

 俺は拾ってきた女の子に声をかけた。

「自己紹介ぐらいしたら? 話が進まないし」

「マユカ」

 彼女はそう言った。

「クラハシ マユカ」

「クラハシさん? 始めまして、あたしこの人の妹で、木戸和泉(きど いずみ)です。
よろしくー」 

「いずみ?」

「うん、いずみだよ。ねえねえ、クラハシさんの名前ってどう書くの?」

「倉庫の倉でクラに、川にかかっている橋でハシ、それにカイコの繭のマユに、中華のカ、
難しい方のハナって漢字」

「うんうん、なるほど」

 さて、妹と繭華・・・か、彼女が打ち解けたところで 
俺はドンブリにオートミールを山盛りにして彼女たちの前に出した。

「ほら、食えよ、腹減ってるんだろ?」 

「・・・、で、これ何。このドロドロしたものは」

 繭華がドンブリいっぱいのオートミールを、まるで不思議なものを見るような目つきで
怪しんでいる。

「おにいが作ったオートミールだよ。あはは、あたしはいいよ、遠慮する。
今日は昼から加藤くんとランチなんだー」

「加藤くんとデートか、そりゃいいや。せいぜい奢られて来い」

 俺と妹の横では、繭華がオートミールを恐る恐る口にしている。

「はむ」

「どうだ? 美味いだろ?」

 繭華は無表情のまま呟いた。

「・・・普通」





 その後、しばらく妹と繭華はお喋りに興じていた。
俺はそれを横目にテレビを見ていた。女の会話にはついていけない。

「和泉さん、彼氏ってどんな人」

「加藤くん。加藤弘明くんって言ってね。同じ高校に通ってた同級生の男の子なんだ。
スポーツとか結構出来るんだよー。あたしと同じ大学に入ってね、それでね、ああ、そうそう
写真見てみる?携帯で撮ったヤツなんだけど、ほら、この人なんだ」

「彼氏かっこいいね」

「でしょでしょー?! ・・・そう言えばさ、倉橋さん、ちょっと聞きたいんだけどさ、
うちのおにいと、どこで知り合ったの?」

「・・・ネット」

「へぇー、あ、そうなんだ、ネットで?」 

「意気投合した、それで実際に会ってみようってなって」

 繭華の嘘八百には恐れ入る。よくもまぁあんなに口から出任せがぺらぺらと出てくるものだ。

「へぇー、ほぉー、ふぅーん。おにいも隅に置けないねぇ」
 
 妹が俺のことをチラチラと横目で見ている。
何か言いたげな表情だ。
俺はそんな妹の目線を避けるべく、テレビの方に顔を向けた。

『こんにちは、11時のニュースのです。
昨夜未明、○○○市の路上で、人の物と思われる遺体の一部が発見されました。
遺体の損壊状況等から、警察ではこの遺体がマンハンターと呼ばれる殺人者に
殺されたものと見て、捜査を進めています』 

「・・・繭華さん? どうかした? そんなにテレビを凝視して」

 妹の声に、思わず振り返る。
するとそこには、テレビの情報に真剣に見入っている繭華の姿があった。

「うん、こういう事件怖いからさ、よく見ておこうと思って」



 2~30分はそうして話し込んでいただろうか、
妹は腕時計を見ると、突然「あ、いけない。加藤くんとの待ち合わせに遅れる」
とか何とか言って、あわてて荷物をまとめて部屋の玄関へ行く。

 出かける寸前、俺を玄関まで呼びつけて、

「おにい、ちょっと話があるんだけど。
手が早いのもいいけど、ほどほどにね。
あたしも、おにいに彼女とか出来たらいいなーって思っていた
ところだからちょうど良いと思うけど、もし本気なら、繭華ちゃんのこと、
大事にしなきゃダメなんだからね。
・・・そうそう、これ、いくつか置いとくから」 

 と言い残し、何かを俺に手渡して出て行った。
これは・・・コンドームか?
いやまあ、望まれない妊娠はなるべく避けたほうがいいよな。




 部屋に戻ると、繭華も荷物をまとめて、部屋を出て行く準備をしていた。

「とりあえず飯はありがとう、礼を言う」

「なんだ、もう出て行くのか? もう少しゆっくりしていってもいいんだぜ」

「やることがあるからな、世話になった。そういえば、さっき妹と何の話をしていたんだ」

「使うときはこれを使えとさ」

 俺は手の平の中にあるものを繭華に見せた。
繭華はしばらくそれを凝視したあと、突然バフッと息を吐いた。
軽く笑ったのかな? それにしても分かりにくい笑い声だ。

「おまえ! このバカ! そんな物を妹から受け取ったのか?!」

「そんな物って、そりゃないだろう。日本製のは世界でも高性能な一品なんだぞ。
それにこいつはとても大事な物だろう」

「知らない女を家に連れてきて、それで一晩泊まらせるだけでもおかしいヤツだとは
思ったが、お前ら、兄妹そろって感覚ずれてるぞ」

「そうか?」

「もういい、付き合いきれん、ボクは出て行く、それじゃな」

「ああ、ちょっと待て、言いたいことがある。
実はさ、昨夜、俺、あの死体、放置したまま帰ってきちゃって、警察とかにも伝えてないんだ。
もしかしたら繭華、おまえの姿とか、どっかの防犯ビデオとかに写ってるかもしれないし、
なんか問題あったりしない?」

「ははは」

 繭華は空々しい笑い方をして、言い放った。

「死体なら、とっくの昔にマンハンターどもがその胃袋に片付けてくれている。
心配ない。それから一応言っておくが、あのボクが殺したヤツもマンハンターだからな。
ま、信じるか信じないかはおまえ次第だが」


 
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