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ペティグリード ジュブナイルズ

8章 戦闘報告

 




  

  それは、僕らにとっても予想外の出来事だった。
 トイレに行った丹羽くんが、そこで倒れていた鳶丸くんを発見したのだ。
 とりあえず、僕らは鳶丸くんを部屋まで運び込み、布団に寝かせたのだった。
 宮下先生はこれを知り、一瞬パニック状態になってしまった。
 そこで先生は、僕らが置かれている現状を、ついつい口走ってしまったのだ。
 
 「おい、セアン。どうなってるんだコレ」
 
  それは僕にもわからない。
 倒れた鳶丸くんは外傷も何も無いが、気絶しているようにこんこんと眠っている。
 体温も呼吸も正常だ。時折身じろぎもする、だが、どんな刺激にも目を覚ます様子が無い。
 
 「あわわ、やっぱり鳶丸くん、持病があったんだよ」
 
  アスカくんはこの異常事態にすっかり怯えてしまっている。
 彼は人一倍気が弱い性質だ。友達が倒れるところなんて、見たくないだろう。
 
 「とりあえず、苦しそうな所もないし、ただ寝ているだけのようだから、問題はないと思う」
 
  それよりも問題は今の状況だろう。
 宮下先生が口走ってしまった内容、つまり、僕ら4年1組のみんなと宿の人たちは
 この場所に閉じ込められてしまったということだ。
 
  だが、状況は悲観すべき状態ではない。
 雨さえ上がれば下山できる可能性は高いし、そもそも町も近いのだから、
 レスキューでもなんでも呼ぶことは可能だろう。
 
  けれど、クラスの子たちの中には、パニック状態になった子がでてしまった。
 とにかく、助けが来るまでクラスの全員が落ち着いていてくれればいいのだが、
 パニック状態から、突拍子もない行動に出るのが一番怖いと聞いたことがある。
  今はとりあえず、みんな各自それぞれの部屋に戻ったり、大勢でいたい子たちは
 談話室というところにかたまっている。
 あそこにはテレビがあるから、情報もいち早く手に入るし、
 自宅に近い環境を思い出せるから精神が安定する子も多いだろう。
 それで、何もなければよいのだが。
 
 「?あれは」
 
  アスカくんが微かな身じろぎをした。
 彼は窓の外を見ている。
 
 「アスカ、何かあったのか?」
 
  そんな彼の見ているものが気になるらしく、ダイスくんも外を見る。
 
 「ダイスくん、セアンくん、外にユラユラした明かりがあるよ」
 
  外を見ると、確かに明かりらしきものが揺らめいているのが見える。
 どうやら懐中電灯の明かりのようだが・・・。向こうは昼間に行った散策路の方角だ。
 僕はその明かりが気になった。あれはおかしい。
 宿から徐々に離れていっているように見える。
 こんな時に、建物から出て行く人がいるだろうか?
 歩いて助けを呼びに言った人だろうか?
 いや、それはそれでおかしい。ここなら普通に携帯電話で届くし、防災無線もあるハズだ。
 通信設備があるにも関わらず、危険をおかして下山する必要はない。
 そもそも、散策路の方に行っても、ここに戻るだけだ。
 
 「僕、ちょっと部屋を回って聞いてくるよ。誰かが外に出たのかもしれない」
 
 「わかった、気をつけろよ」
 
 「大丈夫だって」
 
  僕はダイスくん、アスカくん、鳶丸くんを部屋に残し、廊下に出た。
 
 
 
  とりあえず全ての部屋を回ることにする。
 部屋から部屋を渡り歩き、誰かが外に行ったかどうかを聞いて回る。
 
  ビンゴだ。
 女子の部屋、加賀瀬さんの友達が集まっている部屋で、事件があったようだ。
 女子の1人が、パニック状態になって泣き出してしまったらしい。
 その子はいくらあやしても、なだめすかせてもパニックは収まらず、
 ついには部屋の女の子たちは放っておいたらしい。
  その後、女の子はこっそり部屋を抜け出し、雨の中下山して帰ろうとしたようだ。
 荷物と靴がないことを見ての推測も混ざるが。
 どうやら親元に帰れないとパニック状態で考えてしまい、ある程度の荷物を持って、
 ここを飛び出してしまったのだろう。
 さらに問題なのは、加賀瀬さんがその女の子がいないことに気づき、連れ戻そうと
 1人で外に出てしまったことだ。
 
  本当なら先生に言うべきところだったのだろうが、宮下先生は先ほどパニック状態を
 見せてしまった。先生には、あまり負担をかけられないと加賀瀬さんは考えたのだろう。
  
  加賀瀬さんらしい行動だと思う。
 けれど、危険なことに変わりはない。
 僕は加賀瀬さんを追いかけることにした。
 
  僕は一旦部屋に戻り、状況を2人に伝える。
 加賀瀬さんらを一刻も早く連れ戻すことが重要だと2人からも同意を受け、
 レインコートを着て、懐中電灯を持って外に出ることにする。
 
  玄関や裏口を見ている人は誰もいない。
 こっそりと、他の人には気づかれないように扉を開ける。
 
  外は猛烈な横殴りの雨だ。
 風も強い。一歩一歩、ぬかるむ道を踏みしめながら前進する。
 暗闇の中だが、僕はほんの微かな明かりの中でも行動することができる。
 
  しばらく歩くと、沼に出た。
 沼の湖面は昼間のように穏やかではなく、海のように波がある。
 加賀瀬さんらはどこまで行ったのだろう。
 かなり早足でここまで来たはずなのだが、追いつくことができない。
 僕は微かな光も逃すまいと、微かな音も聞き逃すまいと、五感に意識を集中させる。
 
  ・・・聞こえた。
 誰かが泣いている声が聞こえる。
 女の子2人の声だ。
 僕は声を頼りに少しずつ進んでいく。
 沼の岸辺を少し歩くと、入り組んだ地形の向こうに洞窟が見えた。
 声はあそこからしている。
 
  僕はそこに向かう。
 洞窟の入り口に立つ。中は結構深いようだ。
 大人でも立って入れるほど大きさがある。奥行きはよくわからない。
 
 「おーい。誰かいるー?」
 
  僕は、なるべく平素の声を出すよう心がけた。
 
 「ひ、ひっく、ひっく、誰? 誰か来てくれたの?」
 
  洞窟の奥の方から加賀瀬さんの声が聞こえる。
 
 「加賀瀬さん、良かった、無事だったんだね」
 
  本当に良かった。僕は急いで二人の元に駆け寄る。
 
 「ごめんね、海ちゃん、あたしどうかしてたよ」
 
  見ると、クラスでも一際体が小さい斉藤さんがいた。
 なるほど、彼女がパニックを起こした子だったのか。
 
 「ううん、あたしもごめん。途中であたしが怒り出しちゃったりしたから」
 
  そういうことか。
 
 「とにかく2人とも無事で良かった。それにしてもどうしたのこんな所で?
 歩けなくなった?」
 
  加賀瀬さんが涙と雨でぐしょぐしょになった顔でこちらを見上げる。
 
 「あ、あのね、あのねセアンくん。斉藤ちゃんを見つけたまでは良かったんだけど、
 あたしが持ってきた懐中電灯、壊れちゃって、全然周囲が見えなかったの。
 それであたしまで怖くなって、どうしたらいいかわからなくて。
 とりあえず雨を避けたい一心で、崖の影に入ろうと思ってこっちに歩いて来たら洞窟が、
 ぐしゅ、見つかって」
 
  なるほど、そう言われてみれば、加賀瀬さんの足元には安物の懐中電灯が転がっている。
 
 「ああ、これじゃダメだよ、中にすぐ水が入って使えなくなっちゃったんだ」
 
  僕は彼女の懐中電灯を拾った。
 
 「それじゃあ、早くここから出よう。宿に帰らないとみんな心配しているよ?」
 
  僕は2人に懐中電灯を渡した。
 加賀瀬さんはそれのスイッチを入れ、僕の方に明かりを向けて、
 そして何かを僕の後ろに見て、悲鳴を上げた。
 
  僕はあわててそこを飛びのく。
 翻って見渡すと、洞窟の外に巨大な人影が立っていた。
 
  身長2m? いや、もっとある!
 そしてその後ろには、他にも何人かの似たようなシルエットが見える。
 
 「やあ」
 
  その人影は、奇妙な声でささやいた。
 
 「こんばんわ、佐東セアンくん。始めましてだね、でも、こちらはキミのことをよく知ってい
 るよ?」
 
  こいつは何だ。
 僕は後ろをチラッと見て、2人の様子を確認する。
 さっきの一発以来、悲鳴がないと思ったら、どうやら2人ともあまりの異常体験に気絶したよう
 である。
 
 「ふふふふふふふ」
 
  巨体の何者かの姿がうっすらと確認できる。
 こいつは、キャバリアだ。全身が鈍く光る銀色で覆われた人間の姿。
 
 「人目があると、拉致しにくいと思ってたんだけど、こうして1人で来てくれるなんてありがたい。
 これで安全にキミを連れて行くことができるよ」
 
 「僕を連れて行く? それでどうする気なの?」
 
 「キミの体の中にある、アルザゥクを抜いてあげようと言うのだよ。
 我々に任せておきなさい。すべていいように計らってあげよう」
 
 「くけけ、隊長は優しいな、くけけ」
 
  後ろにいるのもキャバリアか。
 体格が大きいのはアルザゥクの過剰投与が原因だろう。
 
 「僕はそれでいいとして、2人はどうするの」
 
 「どうする? どうする? どうしたらいいかな?」
 
 「我々の姿も見られたことだし」
 
 「連れて行こう、連れて行こう」
 
 「だいじょうぶ、全ていいように取り計らってあげるから」
 
  巨大なキャバリアが、鈍い銀色に光る手を、ゆっくりと2人に向ける。
 僕はそれを払いのけた。
 
 「2人に汚い手で触れるな」
 
 「ほう、ほうほうほう。格好いいなセアンくん。姫のナイトを気取るのか?
 しかしなガキ。いくらてめぇもアルザゥクが入っているキャバリアだったとしても
 この人数を相手にどうする気だ?」
 
  くくくく、と、あちこちから嘲笑の声が聞こえる。
 
 「とりあえず、ガキは大人に逆らえないってことを教育してやるぜ」
 
  巨体の後ろにいた部下らしきキャバリアが近づいてくる。
 僕はそれに指を向け、封印していた力を解き放つ。
 キィン、という感じの甲高い金属音が聞こえる。
 相手のキャバリアは小さな穴を穿てられ、倒れる。
 
 「教育? キミたちが僕を?」
 
  この力から、僕らは解放されたはずだったんだ。
 この力は使っちゃダメなんだ。凛子さんにもそう言われた。
 ダメだって頭ではわかっているんだ。
 でも、力の行使以外に、この場でどうしたらいいのか、僕にはわからない。
 
 「キミたち、見たところアルザゥクの高速射出もできないような素人っぷりじゃないか」
 
 「何、を」
 
 「それでどうやって僕と戦うのかな、見せてあげるよ。アルザゥクはこうやって使うんだ。 
 ・・・僕がキミたちにキャバリアの戦い方を教えてあげる」
 
  僕は手首に仕掛けられたナノマシンを、数ヶ月ぶりに起動した。
 
 「・・・ああ、こう言うのだっけ。『アルザゥク・エランヴィタール』」
 
  
 
 
 
 
  さて困ったぞ。アレからセアンが帰ってこない。
 オレはアスカと一緒に鳶丸の様子を看ていた。
 
  しかし、鳶丸はいっこうに目を覚ます気配がない。
 
 「ねえダイスくん、みんなは大丈夫かな」
 
  そんなこと聞かれてもこっちだって困る。
 
 「とりあえず、無事なんじゃねぇ? 少なくともセアンは平気だろう」
 
 「それはそうかもしれないけど」
 
  ああもう! アスカのヤツのうじうじが始まった。
 こいつのことは嫌いじゃないんだが、こればっかりは見ていると気が滅入るんだ。
 アスカが悪いわけじゃないのはわかっているけど、それでもアスカだって男なんだ。
 もう少し締めるところはビシッと締めて欲しい。
 
 「オレ、ちょっと談話室の方に行ってみるわ。
 もしかしたらテレビでなんかやってるかもしれねぇし、聞いてくるよ」
 
  このまま部屋にこもってアスカとにらめっこをしていても始まらない。
 オレは気分転換もかねて他の場所に行くことにした。
 
  向かう先は談話室だ。
 この宿はここにだけテレビがある。
 テレビからはニュースキャスターの声が延々と流れているようだ。
 
  談話室にいる連中は、もう半分ほどウトウトしているようだった。
 残り半分は眠っている。
 
  オレはみんなを起こしちゃ悪いと思い、別の場所に行くことにした。
 その後、宿の中をウロウロすること数分。こんな狭い宿ではこれと言って行く先もない。
 
  しかたない、アスカたちがいる部屋に戻ろうか、と思った時だった。
 何か、微かな異臭が、廊下に漂っているのを感じた。
 これは、クロロフォルムか? 
 ガス化して使っているのか? 相手を眠らせる手段としては古典的方法だ。
 とりあえず、オレは自分の体に異常が発生しないよう対策をとる。
 
  こういう時は便利な体なんだが、と、自分のことながら思ってしまう。
 オレはガスの匂いが強く感じられる方へ移動する。
 どうやらガスが充満している部屋は3つだ。
  マズッた! 鳶丸とアスカがいた部屋もガスで充満しているようだ。
 どれも男子の部屋だ。中の人間に気づかれないようにドアに聞き耳を立てる。
 
  ・・・ダメだ。どの部屋からも、人の呼吸音一つしない。
 オレは思い切って、3つの部屋へ順繰りに突入する。
 誰もいない。だが、布団はまだ温かく、窓は開いている。
 そして、布団の上には足跡らしきものが、少ないながらついている。
  
  窓から外を見る。
 遥か遠くに見える微かな人影。オレはあわててそれを追いかけることにした。
 
 
  しばらく暗闇の中を、雨を掻き分けながら走る。
 しばらくすると、奇妙な人間の集団に追いついた。
 全身が銀色に光る、大人の男が10人ほどいる。キャバリアだ。
 それも言っちゃあ悪いが粗悪品だ。何も考えずにアルザゥクを体に投与するとああいう感じに
 なるヤツが多い。奴らのうち、何人かがオレのクラスメイトを抱えている。
 
 「最後尾はオレタチだ、急げ」
 
  リーダーらしき男がキャバリアたちを急かしている。
 なにをするつもりかわからないが、あいつらを逃がすわけには行かない。
 オレは奴らの目の前に飛び出ることにした。
 
 「待て!」
 
  何を言ったらいいのかわからないので、それらしいことを口走ってみた。
 
 「ほう? このガキ、資料にあったキャバリアじゃねぇ?」
 
  ギンピカの大男の1人が、こっちを見て笑っている。
 
 「隊長、こいつは手間が省けましたぜ」
 
 「ひひひひ、ガキども全員さらって、集団でいなくなった様に見せかけるなんざ、めんどくせーと
 思ってんだよ」
 
 「おい、バカども」
 
  リーダーらしき男が手下どもを一喝した。
 
 「計画に変更はねぇ、ただ、作業の順番には狂いが出た。
 てめぇら全員、ガキども置いて、このガキふんじばれ」
 
  手下どもがクラスのみんなをぞんざいに扱い、地面に落とす。
 そのうちの1人に脇坂がいた。
 脇坂が、地面に落とされた時、背中から落ちて、岩にぶつかった。
 ごろりと意識なく転がる脇坂。
 その、背中から、赤いものが、流れて、いく。
 
  赤いものが、アカイモノが、ナガレテイク。
 それを見たオレの中で、心の何かが、記憶が思い出されていく。
 
  ああ、ダメだ、ダメだ、ダメだダメだダメだ! 思い出しちゃダメだ!
 凛子に言われたじゃないか! 背中の傷に関しての記憶は、アンタのトラウマだから
 思い出しちゃダメだって!
 いやだ、嫌だ! あんな気分は感じたくない、味わいたくない! 
 心の中がおかしくなるのが、自分でもわかるんだ!
 
 「ひへ? どうしたガキ? 怖くて動けねぇか」
 
 「ちっ、物足りねえ、ちったぁ暴れて見せろよ。仲間以外のキャバリアをぶん殴ったことないから、
 こっちはうずうずしてるんだ」
 
  もう、オレは自分がなにを口走っているか、この時わかっていなかった。
 
 「ごめんな」
 
 「おいおいガキよ? どうした、気でも違ったか」
 
  ああそうだよ。おまえら、早く、早くオレから逃げろ、逃げてくれ!
 こうなったらもう、自分じゃどうにもならないんだ!
 
 「弟の背中に、傷をつけたの誰だ」
 
 「は?」
 
 「そうか、お前か。よしわかった。待ってろよ。今、にいちゃんが、悪いやつらみんなぶっ飛ば
 してやるからな」
 
  オレの全身に張り巡らされた、何かが猛烈な勢いで全身を駆け巡った。
 それは怒りだったか、それともまったく違う何かだったかもしれない。
 
 「『目覚めろ! シルバーブラッド!』」 
 
  どうしてだろう? オレは力を解放しつつ、それでいてとても悲しい気持ちになって涙を流し
 ていた。
 
 
 
 
 
  ボクはいつのまにか眠ってしまったらしい。
 目を覚ますと、とても暗いところにいるのがわかった。
 
 「あれ、ここどこ?」
 
  やけに声が響く、それにどうしたわけか妙に寒い。
 布団もない、床も畳じゃないのがわかった、金属の板だ。
 
 「鳶丸くん? ダイスくん? セアンくんは帰ってきた?」
 
  周囲に何人か寝ている子がいる。
 手探りで探ると、誰だかわからないけど、僕と同じ年頃の子たちが周囲に
 何人もいるのがわかった。
 
 「ねえ、ここどこ? 誰か起きてよ」
 
  ボクは周りの子たちを揺すって起こそうとする。
 でも、誰も目を覚ます子はいない。いったいどうしたのだろう。
 
  そこで、ガチャッという重々しい金属とともに部屋のドアが開け放たれた。
 いや、それは部屋のドアじゃなかった。トラックのコンテナにある後ろのドアだ。
 
 「ちっ、なんでメスガキがいるんだ、こっちじゃねぇだろう」
 
  ドアを開けた人が、ボクを睨みつけている。
 まるで金属を塗りたくったような肌の色、一瞬でわかる、キャバリアだ。
 
 「すみません、でもそれ、男ですぜ」
 
 「ああ? ちっ、なんだ資料にあったオカマかよ。それで、なんで目ぇ覚ましてんだ。
 まあいい。おいガキ、ちょっと来い」
 
  ボクは男に腕をつかまれ、強引にトラックの荷台から引きずり出される。
 
 「な、なんですか」
 
 「いいか、てめぇは今からオレタチの命令に従って動け」
 
 「な、何言ってるんですか」
 
  バシン、と大きな音がした。ボクの頬が叩かれた音だ。
 
 「口答えすんな、いいか、お前はこれから『わかりました』以外しゃべんな。
 命令だ、いいか一度で覚えろ、覚えなかったらぶん殴って覚えさす。
 お前はこれから宿に戻って、宮下だかいう先生を連れて来い。
 連れてくる口実はてめぇで考えろ」
 
 「ひひひひ、兄貴、ガキばっかじゃ女日照りだって言うことですか?」
 
 「バカ、黙ってろ、返事はどうしたガキ」
 
  この人はいったいなんなのだろう。
 きっと悪い人だ、よくわからないが、トラックでみんなを連れて行く人さらいなのだ。
  そして、この人はそれだけでは足りないと思っているんだ。
 ボクは、この人がなにを求めているのかわかった。
 ボクたちの宮下先生に、ひどいことをするつもりなのだ。
 凛子さんが言っていたのを思い出す。
 女の人にひどいことをしようとする男の人は、懲らしめてやんなくちゃいけない。
 
  ボクは、この男の両腕を、切断することにした。
 
  キャキャキャッ、と、そんな感じの奇妙な音がする。
 その後、ドサ、ドサ、という鈍い音がして、男の両腕が地面に落下した。
 
 「あ」
 
 「痛くないでしょう?」
 
 「うあ」
 
 「うまく切ると、痛くないんだ。神経がダメージをまったく伝えないからね。
 でも、これからはちょっと痛いかもしれないよ?」
 
  ボクは自分の力の使い方を思い出す。
 
 「ボクね、ダイスくんやセアンくんと違って、戦闘訓練は受けてないんだ。
 だから、うまいのは切断だけ、他は下手だから加減とかは期待しないでね」
 
 「・・・この、ガキ・・・!」
 
  男が、いまようやく自分の両腕の状況を理解したらしい。
 
 「『我が声に答えよトリスメギトス わが名はレヴィス』」
    
  これが、ボクがボクでなくなるための言葉だ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  我々は今、音無山に隣あう別の山にいる。神梨山という場所だ。
 そこの中腹にある駐車場まで車で来て、そこで待機している。
 周囲では雨が降りしきり、時に強い風も吹く。
 
 「元之丞ちゃん、式部くん、準備はいい?」
 
  ボスの指令がマイクロフォンに入る。
 ここは特殊技能者派遣協会が所有する作戦車両の中である。
 車両はテレビ局の中継用車両に偽装されている。
 名も無きネット専用テレビ局のロゴ入りだ。
 なお、このテレビ局は我が組織のペーパーカンパニーである。
 
 「我々、特殊技能者派遣協会は、これより独自に行動を開始します。
 ま、なにがあっても気楽にやってよ。バックアップは私に任せといてねー」
 
 「はいボス」
 
  式部くんが返答する。
 私もそれにならう。
 
 「再度、作戦の内容を確認します。
 元之丞ちゃんは飛行型のロボットを投入して、ここ、音無山駐車場から
 戦場の偵察を主に行ってください。式部くんは元之丞ちゃんから入ってくる情報を元に、
 独自に目標を設定し、どんどんスナイプしちゃってけっこうです。
 基本、現場の判断に任せますんで、頼みますね」
 
  しかし、ゆるい命令だな。
 
 「こんなのでいいのかな」
 
  私が外に出ると、そこでは式部くんが作戦の準備をしていた。
 愛らしいブルーのエプロンドレスの上に、コンバットベストという小物入れがいっぱいついた
 ベストを着用している。さらにその上にレインコートを着て、作り物の葉っぱで覆われた
 偽装スーツで身を包む。
 
 「この着グルミ、可愛いくて、あたし大好きなんです! 森の妖精って感じですよね」
 
  森の妖精はライフル銃を持ち歩かないと思います。
 それにそれは着グルミじやなくて、ギャリースーツっていうんですよ、と、心の中で言っておく。
 
 「はい、2人とも、準備できてるの?」
 
  ボスが車の運転席から顔を出す。
 
 「はい、万全です!」
 
  とのことだ、式部くんは武装した妖精さんと化している。
 
 「私は、いつでもOKです。まあ、働くのはロボットたちですが」
 
  すでに車両の外には何匹かの蝙蝠型偵察ロボットがスタンバイしている。
 どうでもいいことかもしれないが、一応、思い出しておこう。
 偵察型ロボット、通称ロボバットである。(そのまんまだ・・・)
 外観は蝙蝠だが、中身はハイテクの塊だ。
 彼らの視覚センサーが捉えた画像は、車両内にあるモニターに随時映し出されるようになっている。
  また、蝙蝠と同じく、超音波を使った飛行システム、エコーロケーションを採用しており、
 夜間行動に向いている。鳥形ロボットだと、夜に飛んでいたら怪しまれるしね。
 電波妨害もこの車両を使えば、近距離なら解消できるし、問題にならない。
 
 「2人とも、作戦開始しちゃってください」
 
  ボスの気合が入らない号令が下った。
 
 
 
  式部くんは一際大きな木の上で待機、自分の体を木の幹に固定し、
 そこから狙撃を行う。
 下から見てはダメらしい。パンツ見えるからこないでくださいと言われた。
 
  私は車両に戻り、コウモリたちに指令を下す。
 風の中こいつを飛ばすのはなかなか大変だが、そこは腕の見せ所というものだ。
 
  コウモリ1号から3号までを順に飛ばす。
 飛び始めはもたついた飛び方だったコウモリたちも、風と雨のデータが揃うにつれ、
 安定した飛行を見せるようになる。
 
  
  まず、私が発見したのは、山道の途中で止まっている、不自然な車両の一群だった。
 宅急便のトラックのデザインをしているものが2台、そして黒塗りの乗用車が2台である。
 車自体は街中でよく見かけるタイプの車種だが、この雨の中、こんなところにまとまって止まって
 いるのは不自然だ。
 
  タイヤの轍の跡を見る。
 トラックはもう一台あるらしい。
 それはここから離れていったようだ。どこに行ったのか突き止めるため、
 私はコウモリ3号に轍の跡を追わせる。
 
 「ボス、怪しげな車両の群れを確認しました。
 データ送りますんで、解析頼みます」
 
 「解析、解析っと、ああ、かいせきと言えば、懐石料理って、私苦手なのよ」
 
 「ボス、ムダ話はやめましょうよ」
 
 「はいはい、ごめんなさぁいと。ふんふん、はい、確認したよ。あの宅急便のトラックは偽装です。
 ナンバーを企業のデータベースにて確認、あのナンバーの車はありません」
 
 「元之丞さん、こちら式部です。あたしの方でも車両を確認しました。
 とりあえず足止めしたいと思います。ここから狙撃します。よろしいですかボス?」
 
 「許可取んなくてもいいですよ、信頼してます。自分で考え、自分で判断、これがうちの
 モットーなの」
 
  そんな組織あるのだろうか。
 
 「了解、狙撃を開始します」
 
  マイクロフォンにブズッという感じの、鈍い爆発音が入る。
 サイレンサー装備の狙撃銃なので、ほとんど音はしない。
 続いて同じような音が3回、射撃は計4回である。
 
 「こちら式部。望遠スコープで命中を確認。車両の電気系統に故障が発生したはずです」
 
  この雨と風の中、どうやって命中させているのだろう。
 驚きのテクニックだ。
 
 「えへへ、あの辺りのパーツは部品の奥まったところにあるから、壊れると修理が大変なんです」
 
  式部くんは車の構造を知った上で狙撃しているのか。
 そこで突然、山のある地点で落雷のような爆発音が響いた。
 私は爆発音があった場所にコウモリ1号を飛ばすことにする。
 
  ものの3分ほどもコウモリを飛ばしただろうか。
 そしてコウモリ1号は、私の想像を超えた映像を送ってきた。
 
 
  そこは沼のほとりだった。
 周囲にはいくらかの木道が整備され、天気さえ良ければ風光明媚なところであろう。
 その場所に、奇妙な人影があった。
 
  10人はいるだろうか、身長2mはあろうかという男たちが、誰かを取り囲んでいる。
 取り囲まれているのは線の細い、小さな体の男の子だ。
 暗闇でよくわからないが、金髪が雨に濡れてぐちゃぐちゃである。
 
 なにか言っているようだ。私はコウモリ1号のマイク感度を上げる。
 
 「キミたち、これでは全然ダメだ。連係プレーも意思の疎通も、何もできていない。
 キャバリアはただ腕力が強いだけのゴリラじゃ、つとまらないんだよ」
 
  少年のソプラノボイスが、やけに響く。
 
 「おい、お前ら! なにを手間取ってやがる、相手はたかがガキ一匹だ!
 お前らにだって100時間ぐらい地獄の特訓を受けさせてやったろう、おい?!
 あれはなんだ、遊びだったのか! 根性みせろ!」
 
 「根性って・・・そんな精神論でアルザゥクは運用できないよ。
 それに100時間だって? ああ、それでこんなに動きがお粗末なんだね。
 それは仕方ない。それじゃ僕に勝てないよ」
 
  少年は、あの佐東セアンだろうか。
 だが、どこか違うように見える。
 彼は、人をあれほど冷たい目で見ることがあっただろうか?
 そして、彼の皮膚の上を走る、鈍く光る銀色のパターンはなんだろうか?
 
 「お前ら!いっせいに四方八方からいけ!」
 
 「僕が戦闘訓練に要した時間は、3600時間だ。自慢にならないけどね」
 
  佐東少年の体がわずかに動く。
 キィン、キィン、キィン、キィン、と、上質な白磁を指ではじくような音が幾つか響いた。
 そして、佐東少年以外の男たちは、全員その場に倒れ、動きを止めた。
 男たちの銀色の肉体には、無数の細かい穴が開いていた。
 
 「キャバリアだから、この程度では死なないよ。動けないだろうけど」
 
  佐東少年は、銀色の返り血を浴びて、無表情に呟いた。
 
 
 
  それとは別個に、今度は銃撃音がいくつか響いた。
 私はその音の方向にコウモリ2号を飛ばす。
 
  そこは手元の音無山地図では、散策路と記された道だった。
 森に覆われた道の途中に、忽然と開けた場所がある。
 その周辺には、銀色の何かが大きくひしゃげた形で大量に転がっている。
 よく見ると、それは人の体のように見えた。
 だが、人の体の構造から考えればそれらはありえない方向にねじくれていた。 
 
  銀色の大男が何人か立って、そいつらが雨でずぶ濡れになった黒髪の少年を取り囲んでいる。
 
 「どうだ?! やったか!」
 
  一番大きい銀色の男が叫ぶ。
 その手元には大きなオートマチック拳銃が握られている。
 銃口は少年に向けられている。
 
 「いてえな」
 
  少年の服には、4ヶ所ほど銃弾による穴が開いている。
 彼は上着のすそをバサバサとやり、ゴミを落とすような仕草をする。
 そうすると、上着のすそから、銃弾らしき金属塊がポトポトと零れ落ちてきた。
 
 「服に穴開けたら、凛子に怒られるじゃねぇか」
 
  少年は銃を持った大男に突進した。
 その速度は極めて速い。時速100kmは優に超えていたか。
 一瞬、少年の姿が消える。彼は大男の後ろに回りこんでいたようだ。
 そこで彼は大男の両腕を後ろにひねる。
 
 「ぐ、ぐぉぅ?! な、なんだ、なんだこりゃあ?!」
 
  大男はパワー負けしているらしく、少年の細い腕によって簡単にひねりあげられている。
 
 「ほらよ」
 
  少年は片手で、相手の両手の指を抑え、もう片手で今度は相手の首を後ろにひねる。
 
 「常にフルパワーで動いてっから、いざとなったらパワーダウンすんだよ、おっさん」
 
  その大男の全身も、周囲の残骸と同じようにおかしな方向に曲げられていく。
  
 「いっちょ上がり、次はどいつだ」
 
  少年が無機質な目を他の大男に向ける。
 
 「ひ」
 
  男の1人が逃げだす。
 それに釣られたように、今度は他の数人の連中も逃げだす。
 
 「おせぇんだよ」
 
  少年の顔に、奇妙な銀色のパターンが走る。
 大地を蹴り、彼が相手を追いかけるそのさまは、何かの狩にも似ていた。
 
 
 
  その頃、ようやくコウモリ3号は、残り一台の偽装トラックを発見していた。
 その偽装トラックの周囲は、銀色に光る何かをぶちまけたような光景に覆われていた。
 キャバリアらしき大男たちの残骸と思われる何かが、バラバラになって落ちている。
  あまりにもキレイに切断された、銀色の人体パーツらしきものが転がっているその様は、まるで
 片付けることを忘れた子供部屋に散らばるおもちゃのようだった。
 
  そのおもちゃを散らかしている子供が見える。
 肩まである長い茶系の髪も、可愛らしい服も、雨でぐちゃぐちゃに濡らし、彼は周囲の相手を
 見つめている。
 顔には、微かに微笑が浮かんでいる。
 
  その腕と背中には、限りなく透明に近い金属の皮膜のようなものが見える。
 その透明さは、薄さからくるものらしい。角度次第では、皮膜はほとんど見えない。
 目に見えない何かが、雨のしずくをはじく様子が確認できるだけである。
 
  周囲の男たちは、怯えきっている。
 少年を囲み込むことで優位に立とうとしているようだが、彼我の戦闘能力の差は明らかだった。
 
 「ち、ちっくしょお!」
 
  大男の1人が叫んだ。
 
 「体に薬入れてよお、それでくだらない人間やめて、超人になるんじゃなかったのかよ!
 金も、地位も、女も、思いのままだったんじゃないのかよ?!
 もう、何もかも無茶苦茶だ! くそっ、くそっ!」
 
  それを見て、少年がポカンとしている。
 
 「なにを言っているのかなお兄さん? 
 普通の人間やめて、それで幸せになれるなんて、そんなことあるわけないじゃない。
 それはボクが身をもって保障するよ」
 
 「クソガキ! 全てはてめぇのせいだ!
 てめぇだけはぶっ殺してやる!」
 
 「八つ当たりはみっともないよ、お兄さん」
 
  少年はふわりと、飛び上がるようにジャンプし、男の腕の中に飛び込んだ。
 
 「はい、おしまい」
 
  キィィン、という感じの甲高い金属音が響き、
 それに続いて男の体がバラバラになり、そこに崩れていく。
 
 「幸せになれるのは、普通の人だよ。
 ボクたちみたいな化け物はね、まず普通になろうとする所から始めるべきなんだ。
 お兄さんたちはその逆をやっているのだから、うまくいくはず無いよね」
 
  少年は、さきほどの攻撃らしきものを、残り人数分、行った。
 それで、全ては終わった。
 
 
 
 
 
 
 
 「元之丞さん、ボス、こちら式部。望遠スコープにて異常確認、車両集団の中の偽装トラック
 から何か出てきます」
 
  子供たちの戦闘能力を目のあたりにして、半ば呆然としていた私の元に、
 式部くんからの連絡が入った。
 それに返事をするボスの気の抜けた声が続く。  
 
 「はいはい、どうも、こちらも暗視装置付きのスコープで見てます。
 元之丞ちゃん、ちょっといい? コウモリたちによる近距離からの撮影をしてください」
 
  呆けている場合ではない、私は気を持ち直して、コウモリたちを
 車両が集結している場所へ飛ばす。
 
 「こちら式部。見えますか? なんかこう、うまい言い方が思いつかないんですけど、
 あえて言うならキモい銀色のおっちゃんが出てきました」
 
 「式部くん、なんて報告だい、何ぼなんでもそりゃ無いでしょう。
 ・・・と、言いたいところだけど、ああ、こいつは確かになんと言ったらいいものかね」
 
  偽装トラックの一台から、身長3mはあろうかという銀色の肌を持った大男が
 出てきた。頭部は人間サイズなのだが、骨格レベルから変形しているらしく、肉体のサイズは
 人間のそれを完全に逸脱していた。
 体のあちこちに機械の箱のようなものを取り付けている。
 そのせいだろうか、とてもそれは人間には見えず、デザインに失敗した工業用ロボットのように
 も見えた。
 
  その近くに、別の人間がいた。おそらく例のザナドゥ工業の人間だろうか、
 こいつは人間的外見をしている。
 何か喋っているようだ。コウモリたちのセンサー感度を上げ、声を聞き取ることにする。
 
 「その、もう、止めてください」
 
 「ああ、うお、おお、おお」
 
  肩の筋肉に埋もれかけた、小さな頭が喋ろうとしてる。
 
 「うるせぇ、もう、何もかも知ったことか。
 オレは、努力した、努力してきたんだ。ここで止めてたまるか、全部ムダになっちまう。
 それだけは許せねぇ、マジ、許せねぇ、もうブチギレだ」
 
  身長3mのロボット男はパワーショベルのバケットのような手で、
 トラックのコンテナを掴んだ。
 
 「うごかねぇし、いいだろ、試しだ」
 
  ロボット男が力を加えると、コンテナが紙箱のように変形し、千切れ、壊れていく。
 燃料系統が破損したのか、何滴か油のようなものがこぼれたかと思うと、炎上し始めた。
 
 「は、は、はははは。そうだ、これでいい、熱くねぇ」
 
 「ひ、ひぃ」
 
  唯一まともだったであろう男が走って逃げ出す。
 トラックの残骸が炎上する、そしてそこから立ち上がる煙が、雨の中を昇っていく。
 
  煙か、あるいは炎のどちらかが目印になったのだろうか、
 まずその場に並木少年が現れた。
 そして佐東少年、間を置かず野々村少年も現れる。
 
 「なんだあのバカは」
 
  並木少年が思ったことをストレートに口にした。
 
 「明らかにアルザゥクの過剰投与だね」
 
  佐東少年の冷静な論評である。
 
 「かわいそうに、もう元には戻れないよ」
 
  3人が3人ともずぶ濡れのまま、ここに駆けつけている。
 その服はところどころ破れ、顔や手などの露出したところには光る銀色のパターンが
 走っている。
 
 「おお?! なんだ、セアンもアスカも、あんなに嫌がっていたのに、やっぱり
 キャバリア化しちまったのか」
 
 「状況を鑑みるに、選択肢は無かったよ、ダイスくん。まあ、全員無事で何よりだ」
 
 「くすくす、ま、久しぶりで少し楽しくはあったよ。
 凛子さんとの約束は破ってしまったけどね」
 
 「さて、そうすると、あいつがボスキャラって感じたな。へへへ!
 わかりやすくって助かるぜ」
 
 「ダイスくん、アスカくん、見たところあの巨人タイプは機械的なサポートパーツを取り付け
 ている。
 おそらく持久力、瞬発力、あらゆる面において今までの連中とは段違いの強さだよ」
 
 「そうみたいだね、ボクはああいうのとは戦ったことが無いからわからないけど、ねぇセアンくん。
 どのくらいの強さかな?」 
 
 「肉体のポテンシャルは僕らと同じくらいのはず。使っているパーツは少し旧型だけど、
 いいものを使っている。運用面において安定した能力を発揮するだろうね」
 
 「ちっ、こんな時までセアンはごちゃごちゃと説明を始めるんだから。
 簡単なことじゃん。あいつはオレら1人分の力がある。オレらは3人いる。
 つまり、オレらの勝ちじゃん」
 
 「そう簡単なことでは・・・おおっと」
 
  会話の途中で、そのロボット男が攻撃をしかけてきた。
 アルザゥクで硬化させたのだろう、ただのパンチを3人がいる場所に無造作に放つ。
 少年たちはそれを難なく回避するが、パンチが命中した地面はダイナマイトでも爆発したかの
 ように小さなクレーターができた。
 
 「おいセアン! オレあんなにパワーねぇぞ!」
 
 「ごめん、想定より2倍以上パワーがありそうだ」
 
  少年3人組が、ロボット男から距離をとる。
 
 「コノ、ガキ、ども」
 
  ロボット男は、もう発音もままならないらしい。
 
 「ヨクモ、人の邪魔、シヤガッタな。ホント、コロシテェ、殺してヤリテエ。
 人のジャマ、スンジャねえヨ」
 
  ロボット男が突進する。
 狙う目標はランダムだ。とにかく、目に付き次第誰でもいいから襲っているのだろう。
 スピードは少年3人組みの方が上のようだが、とにかくロボット男はパワーが半端じゃない。
 ぶつかるを幸いに、手当たり次第、周囲のものを破壊していく。
 
 「いって! 吹き飛んできた木の欠片が当たったっての!
 おい、どうするよセアン!」
 
 「とりあえず、キミの得意技をぶつけてみたら?」
 
 「そりゃそうか」
 
  並木少年は回避一点張りをやめ、反転しロボット男にかかっていった。
 鋭いキックが、ロボット男の足に命中するが。
 
 「どわっ、なにこいつ、硬いんだけど!」
 
  アルザゥク本来の性能が発揮されているようだ。
 あれはそもそも銃弾ぐらいのダメージでも無効化してしまう。
 確かに並木少年も筋力を強化し、肉体を硬化させて相手にキックを放っているのだが。
 
 「やっぱりダメか。運動エネルギーは物体の重量に速度の2乗をかけたものだから」
 
 「セアン! だからなんだよ?!」
 
 「並木君の体重が相手より軽すぎて、格闘戦は不利ってことさ」
 
 「なら、さっさとそう言え!」
 
  ひとたび格闘攻撃をしかけた並木少年は間合いが狭まってしまっている。
 ロボット男の攻撃を、集中して受けるはめになってしまったようだ。
 
 「やばっ」
 
  並木少年が雨でぬかるんだ地面に足を取られた。
 
 そこに、ロボット男の拳が振り下ろされる。
 
  バキンッ! するどい金属音が響いた。
 見ると、ロボット男の拳は並木少年から逸れ、何もない地面を殴っている。
 そのひじの辺りに銃弾のようなものがぶつかった跡がある。
  
  式部くんのスナイパーライフルか?
 いや、そうではなかった。
 銃弾の発射先を目で追うと、そこに1人の女性が立っているのが見えた。
 安曇凛子だ。
 
 「うちの子たちに、なにしてくれちゃってんのよ、この変質者」
 
  まちがいなく安曇凛子、その人だ。いつの間にここに来ていたのか、
 レインコートを着て、その腕には大口径のショットガンを抱えている。
 
 「凛子!」
 
  並木少年が安曇凛子の元に駆け寄る。
 
 「なんでこんなところにいるんだよ!」
 
 「ごめんね、ちょっと遅れちゃった。あちこちにいるあたしの友達に応援を頼んでたら、
 時間がかかっちゃって」
 
  安曇女史は3人に優しげな顔を向け、そしてショットガンの銃口をロボット男に向ける。
 
 「さあ、あんたも終わりよ、この変質者。よくもうちの可愛いアスカやセアンを苛めてくれた
 わね。とっとと警察にでもなんでも捕まっていれば法の下の裁きを受けられたのに、バカね。
 あたしは、法曹関係者のように甘くは無いわよ」
 
 「・・・なンだ? このアマァ」
 
  ロボット男は苛立った顔を安曇女史に向けた。
 
 「なんだよ。なんだよ! なんでドいツもコイツも俺のジャマをしやがる!
 ふざけんな、俺は、俺は必死になって努力して、ここまできたんだ!
 人のドリョクをフミニジルヨウナ、ジャマはするなよ!」
 
 「何言ってんの、アンタ馬鹿でしょ」
 
  安曇女史が冷たく言い放つ。
 
 「アンタね、努力なら泥棒だって、強盗だって、詐欺師だってしてるわよ。
 それで? 努力すれば人から物を盗んでいいわけ? 人をだまして財産ふんだくっていいわけ?
 違うでしょ、そんなこともわかんないの? アンタは、人に迷惑をかけることで努力をするから、
 人から排除されるのよ」
 
 「凛子さん! こいつかなり戦闘能力あります。どうします?!」 
 
 「セアン! あんたは頭のいい子なんだから、もう少し考えればできるはずよ!
 関節を狙いなさい!」
 
 「・・・はい! アスカくん! 大男のフトコロに飛び込んで、関節を集中的に切断してくれ!
 僕が援護する! ダイスくんはここぞというところで一発頼む!」
 
 「うん、わかった」
 
 「オッケー!」
 
  子供たちが急に連携して動き出した。
 
 「ハッ、バカが!」
 
  野々村少年があの薄い皮膜を腕の前に作り出し、ロボット男に襲いかかる。
 小さな体を生かし、足首、膝の裏、腰、手首を攻めて行く。
 
 「来るってワカってんナら、固メルに、決まっテンダロウガ!」
 
  ギィキィ! ギィキィ! と、何度も何度も金属同時が高速でこすれあう嫌な音が響いた。
 暗闇の中火花が飛び散る。ロボット男にはダメージが入らないらしい。
 
 「そう、決まってるのさ」
 
  佐東少年がロボット男を指差す。
 アルザゥクの高速射出だ。数発の小さな弾丸が、ロボット男に命中する。
 そしてロボット男は、出来の悪いおもちゃのように倒れていった。
 
 「ア」
 
 「関節をアルザゥクで固めるのは、慣れてないと危ないよ。
 一瞬だけど、自分で自分を動けなくしてしまうからね」
 
  ドチャ、と、力なく倒れ込むロボット男。
 そしてそれを見越していたのか、並木少年が助走を加えつつ、乗用車を担いで数mジャンプした。
 
 「重さが無ければ乗せればいいだろ! いくぜ! スーパーダイスキィッーク!」
 
  並木少年が渾身の力を篭めたキックを放つ。
 メゴッ! という金属がへこむ奇妙な音が聞こえた。
 地面に倒れたロボット男の胸の辺りに、足を突き刺した並木少年の姿が見える。
 
 「うわっ、抜けねぇ、誰か助けて」
 
  ロボット男は気を失っているようだ。
 佐東少年と野々村少年が駆け寄り、友人を敵の体から引き抜いていく。
 
 「ひい、ひぃ、結構やばかったかも。助かったぜ」
 
  並木少年がその場にへたり込む。
 それを見て、もう2人の少年も、そこに座り込んでしまった。
 さすがに連戦で疲れ果てていたのだろう。
 
  そんな少年たちに安曇女史が歩み寄る。
 そしてなにを思ったかの少し間をおいた後、3人に対して、順に脳天チョップを食らわせた。
 
 「いて」
 「いた」
 「うひゃあ」
 
  少年たちの体に、肌を走る銀色のパターンはもう見当たらない。
 きっと今は普通の人間の強さだろう。
 あのチョップも少しは痛かったはずだ。
 
 「バカ、あんたら、あたしとの約束、破っちゃって」
 
  安曇女史は3人を見て、笑い、そして笑顔のまま泣き出した。
 
 「ほら、こういう時に、なんて言うかは教えたでしょう?
 ほら、キャバリアの力は使いませんって言う約束をしたでしょ?
 大人との約束を破ったら、なんて言うの? ダイス、言ってみ」
 
 「あ、その」
 
  並木少年は、今まで見せた表情の中で、一番子供らしい顔をしてこう言った。
 
 「ごめんなさい」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  夜が明ける前に、雨が上がり始めた。
 安曇女史は彼女が友人と呼ぶ人々と、全てを片付ける作業をしている。
 友人たちの内訳はさまざまだ。清掃業者のトラックに分乗して来た者、
 砂利を運搬するトラックで来た者、その他には造園業者のような人々もいる。
 
  彼らはそれぞれ安曇女史の指揮の元、この山で起こったキャバリア同士の戦闘の痕跡を
 可能な限り消し去る作業を行っている。
 
  3人の少年は、それぞれ風呂で洗われ、乾かされたあと、
 今までのものとまったく同じ新品の衣服を与えられた。
 他の攫われていた子や、宿からいなくなっていた子たちも意識を戻さないうちに
 あるべき場所に戻された。この子たちはこの日の夜の出来事を夢オチのようにしか思い出せない
 だろう。
 
  私はと言えば、鳶丸の操作を邪魔していた妨害電波が失われたため、
 本部に戻り、鳶丸の操作に戻ることにした。
 私が鳶丸に戻った頃には朝も明けており、宿の周囲はほとんどが元通りになっていた。
 
  そして、私の任務も終わった。
 私の任務は、もともとあの3人の少年、並木醍須、佐東セアン、野々村飛鳥の3人がキャバリア
 であるかどうかを見極めるための監視であった。
 
  3人がキャバリアであることはもう明らかなので、これ以上、私が彼らと接触を続ける
 理由は無かった。
 
  とりあえず、鳶丸は普段と変わらぬように温泉宿で目覚め、何もなかったかのように
 みんなで一緒に下山する。
 その後、数日は夏休みを3人と共に過ごすが、別れの時は、すぐそこまで迫っていた。
 鳶丸はあの夜、トイレで意識不明になったことを利用して、実は原因不明の病気に侵されている。
 ということになった。
 
  病気の状態が良くなったので、そこで久しぶりに小学校に通うことにしたが、
 やっぱり病気が再発してしまったので、ダメでした。と、そういうストーリーが用意された。
 一応、鳶丸が病院に入院したということにして、入院生活の様子をビデオに収めたりもした。
 
  一週間後には、あの4年1組のみんなから、千羽鶴やら、手紙やらが送られてきた。
 本当の私は入院などしていないので、まっさらな善意で作られた千羽鶴が、妙に重かった。
 
  子供たちの夏休みも終わり、4年1組のみんなは元気に学校に戻っていった。
 だが、もちろんその中に森下鳶丸という架空の存在であった少年の姿は含まれていない。
 
 

 
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