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ペティグリード ジュブナイルズ

7章 奇襲

 




 
  さて、宿ではそろそろお風呂の時間である。
 ここの温泉はなかなかの名湯らしい。私もできれば私自身が行きたいものである。
 もちろん、女湯と男湯は別だ。天井の上はつながっているので、声は丸聞こえだが。
 
  今回も期待にそぐわず、野々村少年はまた女風呂に入れられそうになった。
 一応、宮下先生が止めたので事なきを得たが、もしもこれで先生でもいなかったら
 どうなっていたことだろう。女風呂に引きずり込まれるのは間違いない。
 
  風呂に入る前のいつものイベントが終わったと思ったその時だった。
 脱衣所の片隅で騒ぎが起こった。
 見ると、並木少年が怒りの形相である。
 彼はクラスの皆がもう服を脱いで裸になっている中、1人で来た時と変わらない服装をしている。
 どうやら並木少年は誰かを殴りつけようとしたらしい。
 しかし、その手を佐東少年に抑えられているようだ。
 佐東少年は友人に穏やかに話しかける。
 
 「嫌なことをされたら怒ってもいい。でも、殴っちゃダメだ」
 
  正論だろう。しかし、今の並木少年には、そんな佐東少年の冷静さすら
 腹立ちの対象になるだろう。
 
 「くそっ、くそ! 離せよセアン! 離せよ!」
 
 「ダメだよ、離さない」
 
  殴られそうになったのは、クラスメイトの脇坂くんだ。
 どうやら服を脱ごうとしない並木少年にちょっかいを出したものらしい。
 それに仁科くん、前田くん等が割って入る。
 
 「脇坂もなにやってんだよ。並木がそういうの、嫌がるって知ってるだろう?
 でも並木もそんなに怒ることないじゃないか」
 
  脇坂くんがしょんぼりしている。いつもと違う環境の中で、ついはしゃぎすぎてしまったの
 だろう。
 それに対して、並木少年も急激に怒りのボルテージが下がってきているのだろう、やはり
 しょんぼりしている。
 先に謝ったのは脇坂くんだった。
 
 「いや、その、並木、ごめん」
 
 「・・・いや、オレも悪かった」
 
  それを見届け、クラスメイトが「やれやれ」といった空気でその場を離れていく。
 だいたいの男子が風呂に入ったところで、並木少年は無言のまま脱衣所を出て行った。
 私はそれをどうしたものかと考えていたが、後ろから肩を叩かれ、そちらを向く。
 私の肩を叩いたのは野々村少年であった。
 
 「放っておいてあげて、鳶丸くん。ダイスくんね、背中のことにはすごくナイーブなんだ。
 大丈夫だよ、今までにも何度かこういうのあったんだ。お風呂に行こう?」
 
  それはそうかもしれない。
 それにしても、私は風呂に向かいながら、ふと考えた。
 私は調査員として、並木少年の体のことを、過去を調べたいだけなのか。
 それとも、友人として、彼に言葉をかけたいだけなのか。
 どちらなのかわからなくなってきた。
 調査対象に強く感情移入してしまうなんて、エージェントとしては褒められたものではないだろう。
 友人を気にかける少年、という演技の元にしかならない。
 いや、それは本気なのだから、もはや演技とは言えないだろう。
 
  
  子供たちはいつでもすぐ元気になる。
 風呂は歓声であふれかえっていた。
 わいわいぎゃいぎゃい、どちらかというとやかましい部類に入るだろう。
 女子の方も騒がしい。向こうから声をかけられることもしばしばだ。
 
 「ちょっとアスカちゃーん! 男子にイタズラされそうになったらちゃんと助けを呼ぶのよー!」
 
 「大丈夫だよー! そんな人いないよー!」
 
  あはは、と、笑い声が風呂に響く。
 しかし、肩より下まである茶色の髪を自然に垂らしている野々村少年。
 うーむ、この年頃の子供は男女差があまり無いからな。
 後ろから見ると本当に女の子にしか見えないぞこりゃ。
  ・・・? ここで気がついたが、脇坂くんが野々村少年を、いや、ここはあえてアスカちゃんと
 呼ぶか。
 アスカちゃんの後姿をジロジロ見ているような気がする。
 あのお風呂にある小さなイスにペタンと座り込み、備え付けの石鹸を体にまぶして
 泡々になっているアスカちゃんがことのほか気になるようだ。
 
  アスカちゃんは隣にいる佐東少年と談笑中、横を向いて喋ったところで、
 後ろからの脇坂くんの視線に気がついたらしい。
 
 「うん? 脇坂くん、どうかした? ボクに何か用?」
 
 「い、いや、なんでもないよ」
 
 「そう?」
 
  脇坂くんに微笑みかけるアスカちゃん。
 うーむ、やはりアスカちゃんは女の子にしか見えない。
 そもそも本当に男なのか? ちゃんとあるべきものが備わっているのか?
 考え始めたら大変気になる。私は調査員だ。疑問点があれば、それを調べてしまわなくては
 ならない。
 
  襲いかかってひっくり返してしまえば一目瞭然だろうが、そういうわけにもいくまい。
 ・・・まあいい、のちのちカメラか何かで隠し撮りすることにしよう。
 見つかったら大変だな。細心の注意を払う必要がある。
 「国家公務員ノ青年、男児ノ局部ヲ覗キ見ンガタメ男風呂ニ撮影機ヲ仕掛ル!」
 「嗚呼、破廉恥青年マサカノ逮捕、知人ハ彼ノ奇行ヲ赤裸々ニ語ル」
 なんていう見出しで、新聞に載るのはゴメンだ。
 私の仕事も終わるし、人生も終わるじゃないか。
 
  と、そんなことを考えている時であった。
 ドズズーンという大きな音が遥か遠くから聞こえてきて、大きな揺れが起こった!
 続いて、ドドドッという感じの、何か大きな物が崩れるような音も聞こえる。
 生徒たちが慌てだす。どうした、なにが起こった? と、辺りを見渡す。
 風呂のガラス窓や、露天風呂から外を見る。
 だが、周囲はすでに暗闇の中だ。先ほどからの雨も加わって、視界は極端に悪く何も見えないに
 等しい。
 
  子供たちが異変を感じ取って騒ぎ出したところで、宮下先生が
 風呂に入ってきて、とりあえずみんなを落ち着かせようとした。
 
 「はいはい、男子も女子も騒がないの! 先生が今、宿の人に聞いてきたんだけど、
 女将さんの話では山のどこかで崖崩れが起こると、こういう音が聞こえるらしいわ。
 さあさあもう騒ぎはここまでです、お風呂から上がって、食堂に行きなさい。
 夕食の支度ができているから」
 
  はーい。と、生徒一同で返事。
 そういや私も腹が減ってきたな。
 
 
 
  夕食は食堂に用意されていた。
 内容はと言えば、ご飯、豚肉のしょうが焼き、ポテトサラダ、漬物、味噌汁、他に飲み物は
 いろいろと用意されているので、好きな物を飲んでいいらしい。
 他に納豆、温泉卵、味付け海苔が用意されている。こちらも好きな物を取っていいようだ。
  料理をしていたおばちゃんたちは、もう帰ってしまったらしい。
 配膳はすでに行われた後だった。すきっ腹にこの匂いは応えるだろう。
 
  生徒はそれぞれ出席順に並ぶ。お代わりは自由らしい、ただしご飯とポテトサラダのみだ。
 まあ、納豆、温泉卵、味付け海苔の3つがあれば、私は他に何もいらないが。
 
 「いただきまーす」
 
  学校の給食と同じ感覚で夕食が始まる。
 私は鳶丸の機械胃袋に食べ物を詰めるだけだ。
 味再現君がひっきりなしに塩水やうまみ調味料を流してくる。
 ああ、うまいんだか、味気ないんだか。
 
  周囲を見渡すと、大人は1人もいないようだ。
 宿の女将さんも、先生もいない。
 宮下先生は給食を生徒と共に食べる人だ。
 ここで一緒に食事かと思っていたのに、これはどうしたことだろうか。
 
  私は早めに鳶丸の中に食べ物を詰め込み、席を立つ、
 トイレに行く振りをして、宿の中、先生たちを捜す。
 
  廊下を歩いていると、奇妙なことに気がついた。
 廊下が水滴で濡れている。まるで雨の中を歩いてきた人たちが帰ってきたかのようだ。
 水滴は廊下に点々とある。私はこの水滴を追いかけることにした。
 
  水滴はスタッフルームと書かれた扉の前で終わっていた。
 中からは数人分の声が聞こえてくる。
 調理をしていたおばちゃん3人ほど、そして女将さん、先生の5人と思われる。
 私は鳶丸の装備品である盗聴マイク入りのアクセサリーをそこに置き、
 場所を移動して中の声を聞くことにした。
 途中、トイレがあったのでこれ幸いと個室に入る。
 
 「いやー、おったまげました。崖崩れで道がふさがっとりますよ。
 女将さん、これじゃ山を降りるのは無理ですよ」
 
  これは調理のおばちゃんの声だろう。
 
 「この雨だしねぇ・・・雨さえ止めば、なんとか行けるんだろうけど、
 困ったねぇ、先生さん、どうしましょうか?」
 
 「困ったわ、こんな事態、想定していませんでしたし、そもそもこの辺りで
 崖崩れって、よくあることなんですか?」
 
 「うんにゃ、そうそうあるもんでない、それにあったとしてもあの道路は5年前に整備された
 ばかりじゃし、立派なものじゃて、ワシも予想しておらんかった」
 
 「わたしらはどうとでもなるとして、どうやって子供たちを下山させましょう?」
 
 「雨が止めばなんとでもなろう。他に尾根を伝って別の山に行く道もあるがの、そこは子供たち
 では無理じゃな。いざとなったらヘリコプターとかを呼ばなきゃならんかもな」
 
 「どうしましょう、大事になってしまいました」
 
 「まあまあ先生さん、心配すること無いよ。とにかく雨さえ止めば良い。
 雨の中ではどうしようもないが、晴れて朝になればどうとでもなるよ」
 
 「先生しっかりしなって、大丈夫。今、ふもとの警察に連絡も入れるから」
 
 「はい、どうもすみません」
 
 「食べ物はたくさんあるし、なんならあともう2~3晩、全員で泊まることだってできる。
 とは言っても、残りの林間学校は中止かの」
 
  なるほど、そういうことか。
 それにしても崖崩れだって? 偶然だろうか。
 いや、偶然にしては違和感が無いか? エレクトロニクス機器への電波障害、それと土砂崩れ
 それは・・・。
 
  そこで、文楽55号のモニターが突如乱れ始めた。
 強力な妨害電波のようなものが発生している。
 ザリザリとした波のような文様が、モニター上に幾重にも現れる。
 
  まずい! 鳶丸のコントロールが失われる!
 私は急ぎ、鳶丸を個室から出す。体調不良で倒れたように見せかけなくてはならない。
 トイレの便座に座ったまま停止していたら、突然死か何かにしか見えない。
 
  トイレの床に倒れ込む鳶丸。スリープモードに設定し、いかにも気絶、あるいは眠っている
 ようにする。
 スリープモードへの移行を告げるメッセージが表示されるのと、鳶丸のコントロールが失われる
 のは、ほぼ同時であった。
 
  
 
  本部の私は操縦席から飛び降りる。
 するとすぐ側に式部くんが立っていた。
 
 「緊急事態ですね、元之丞さん。ボスが待ってます、行きましょう」
 
  式部くんがボスの部屋へと入る。
 私もあわててそれについて行く。
 
 「はいはいー。2人揃ってどうも。はて、どうやら事態が動いてきたようですね。
 ゴメンね元之丞ちゃん。鳶丸は大丈夫だった?
 さて、現状を説明します。悪いんだけど式部くん、カーテン閉めて、モニター出して」
 
 「はい」
 
  式部くんがてきぱきとカーテンを閉じ、テレビモニターにコンピューターの回線をつなげる。
 続いてモニター上に音無山のコンピューター画像が映し出される。
 ボスが画面にポインターを合わせ、説明を始めた。
 
 「わたしの方でもね、いろいろと調べて、ようやく事態が判明しました。
 現在、音無山周辺はザナドゥ工業のアルザゥク使用強化人間の一団によって制圧されている
 模様です。
 すでに電話線や無線はジャックされ、ふもととは隔離された状態になっています。
 彼らの目的は、同じくアルザゥク使用型強化人間の少年たち3名を捕獲、拉致することだと
 思われます」
 
 「拉致ですか?」
 
  式部くんが聞きなおす。
 
 「そうです。ザナドゥ工業の裏を担っていた人たちは、ビジネスとしてアルザゥクを販売したい
 ようです。さまざまな個人や組織、機関が彼らからアルザゥクとその周辺テクノロジーを購入
 したいと動いていました。ところが彼らは手持ちのアルザゥクが少ない。そこで、とある人たちの
 体内にあるアルザゥクを強引な方法で抜き取り、手に入れようとしているわけです」
 
 「まってくださいボス」
 
  私はここで反論した。いや、言わずにはいられなかった。
 その、アルザゥクを体内に持つ人間とは誰なのか。
 
 「元之丞ちゃん、ごめん。やっぱりね、並木、佐東、野々村の3人はキャバリアだったよ。
 あの子供たちは、かつて軍の施設で人体実験を受けていた強化人間なんだ」
 
  そんなのわからないじゃないですか、とか、そういうことを言いたかった。
 否定する言葉を叫んでしまいたかった。だが私は知っている。
 ボスは、天城宗司という人は、決して適当なことを言わない。
 この人が言葉を放つとき、そこには常に確信がある。
 
 「元之丞ちゃんの気持ちもっともだ。確かに、あの子たちはその様子をカケラも見せなかった。
 いついかなる時も、細心の注意を払って、普通の子供のように見せていた。
 でもね、一回だけ、たった一回だけ、キャバリアの能力の片鱗を見せてしまったんだよ」
 
  それがいつのことなのか、私にはわかっていた。
 
 「佐東少年が海ちゃんっていう女の子を助けた時、彼女の鳴らしたブザー音ね、
 彼、聞き取っちゃったでしょ。
 あのブザー音、鳶丸の超高感度マイクで拾えてないのよ。
 そんな微かな音、聞こえるわけが無いんだなコレが。
 聞こえるはずの無い音、それに彼は明らかに反応してしまった」
 
 「偶然かも、しれません」
 
  いや、偶然などあろうはずは無い。
 鳶丸のセンサーで拾えない音なら、人間の可聴領域を大幅に超えている。
 偶然聞こえる方が、奇跡的な確率だ。
 
 「そう、偶然かもしれない、けど、その可能性はあまりにも低い。
 あの子たちが人助けの時に見せた、そんなほんのわずかな隙を見逃さない。
 大人は、いやだねぇ。
  他にもね、画質が悪いものだけど、いくつか子供たちが実験施設にいるところを
 収めた写真が見つかったのよ。
 肉眼ではわかりにくいし、当時とは人相も結構違うのだけど、頭蓋骨の形とかを
 デジタルで分析すると、同一人物の確率が高いと出たのよ」
 
  それは決定的だろう。
 
 「元之丞さん、あの、元気出してください」
 
  式部くんに慰めの声をかけられる。
 いや、式部くん、それはおかしいじゃないですか。
 
 「どうして私がショックを受けるんです? 式部くん。
 あの子たちは最初からキャバリアだと目されていた。
 それが当たった、それだけです」
 
 「そう、元之丞ゃんの言うとおり。
 さて、次に我々がここでなにをするべきか。
 私はこう考えるの、2人とも」
 
  私と式部くんはボスの顔を見た。
 その顔には満足そうで狡賢そうな笑みが浮かんでいる。
 
 「この件さあ? 実はすぐには警察が動けないようにいろいろと工作されているらしいんだわ。
 そこで我々、できる限りのことをして、ザナドゥ工業のみなさんのビジネスを邪魔したいと
 思うのよ。時間を稼げば、それだけ我々は優位に立てる。わたしも友達に貸しが作れるし。
 どう? 私の企みに乗っかってみない?」
 
 

 
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