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ペティグリード ジュブナイルズ

2章 ミッション遂行中!

 


 
  

  それから10分も歩かないうちに、一同は歩道橋のある交差点で解散となった。
 野々村家に遊びに行く件については、佐東少年の迎えがあるとのことである。
 彼なら大丈夫だろう。
  
  さて、私は文楽55号をマンションの一室へと通す。
 オートロックを潜り抜け、カードキーで部屋に入る。
 鳶丸ボディをベッドに寝かしつけ、スリープモードに移行させる。
 これで一旦、潜入捜査は終了である。
 
  ふうっ、と思わず息が漏れる。
 操縦席から降り、軽く伸びをして体をほぐす、やれやれ肩が凝ったぞ、どっこいしょ。
 
 「お疲れさん、元之丞ちゃーん。お仕事ご苦労さまー」
 
 声がした方を見ると、そこにボスが立っていた。
 
 「ボス、どうかしましたか? この部屋に来るの珍しいですね」
 
 「うん、ちょっとね、こっちでもいろいろと調べたことがあって、それを伝えたいのよ。
 この後、わたしの部屋にちょっと来てちょうだい。うん、一休みしてからでいいから」
 
 
  1階の休憩ロビーでコーヒーを飲んだ後、ボスの部屋へ向かう。
 いつものように扉をノック、返事があり次第中へ入る。
 ボスはあの向かい合ったソファに座り、何枚もの資料に目を通していた。
 
 「うん、よく来たね。まあ座りなさいな」
 
  促されるままに、ソファに腰をかける。
 ボスはなにやら緊張した様子で資料をにらみつけている。
 
 「とりあえず、初日ご苦労さん。なんも問題はなかった?
 文楽55号はしっかり機能してる?」
 
 「ええ、こっちは何の問題もありません」
 
 「それは良かった、そうそう、それでね、わたしの方はちょっとした問題が出ちゃってねぇ」
 
 「なるほど、それはどのような」
 
 「キャバリア少年たちを保護したって言うNPO団体がねえ、どうもこう正体が不明なんだよね。
 私の方でもどうしても気になってねぇ。ほら、キャバリア少年はみんな、一旦行方不明になって、
 その後NPO団体に保護されてるって言うでしょ? それでこのNPOに関して調べてたんだけど
 どうも胡散臭いのよ」
 
  そう言うと、ボスは何枚もの似たような書類をテーブルの上に並べた。
 
 「わたしも昔の知り合いのつてとかあるから、いくらか情報を送ってもらったのだけどね。
 このNPO団体、まあ一般的な、どこにでもある普通のNPO団体なわけよ。
 例えば、この並木少年を保護したって言うのが『関東難病児童支援センター』ね。
 佐東少年が『世界の図書室を本で埋める会』で、野々村少年が『犯罪被害児童保護育成組合 愛の
 鳥』ってとこなの。
 これら3つはまっとうな活動が確認されてるNPOで、どこにも不思議なところは無い。でも、
 それが不思議でならんのだわ」
 
  ボスが手の指で、テーブルをトントンと叩き始める。
 
 「気になるんだよ。そんな普通の活動しかしていないNPOがさ、どうしてキャバリアを保護して
 いるのかと。3人をどこでどう見つけた? どこで3人のことを知った? なぜ、偶然にもNPO
 団体ばかりが保護しているのか・・・」
 
 「全て偶然という可能性も捨てきれないですが」
 
 「それはそうなんだけどねぇ。それともう1つ。これらのNPO団体、まったく別の団体のように
 なっているけどどうも根っこの方はつながっているらしいのよ。
 資金提供している企業や個人に重複する名前がいくつか見えたから、それでそっちのほうも当たっ
 てみたんだけど、それがねぇ、どうもいろいろと調べていくうちに、調査の道筋が一人の人間に
 つながっていくのよ。その人の名前は安曇凛子、女性、28才。
 それでこの人に関して調べてみたのだけど、面白いことにさっぱり情報が出てこない」
 
  ボスがつてを使って調べても正体不明か。
 
 「とにかく、わたしはもう少しこのNPO団体とこの安曇凛子っていう女性について当たってみ
 から。詳しいことがわかったら連絡するよ。ま、引き続き調査の方、よろしく。」
 
 
 
 
 
 
 
 
  その日から2日後のことである。
 この日はかねてより約束してあったとおり、みんなで野々村家へ遊びに行く日である。
 朝9時に、佐東少年が私の鳶丸を迎えに来る予定だ。
 
  ピンポーン。マンションの玄関から、呼び出しの音が聞こえる。
 インターホンの横にセットしてある監視カメラの映像を確認。
 佐東少年だ。ジーンズにTシャツという、比較的ラフな格好が画面に映る。
 
  時間を見ると、・・・ジャスト9時だとう? 恐ろしいやつだ。
 とりあえず佐東少年にその場で待ってくれるよう伝えて、私は鳶丸を部屋から出す。
 
 「おはよう鳶丸くん。今日はいい天気だね」
 
  軽やかに微笑みを浮かべる佐東少年。
 その邪気が一切含まれていない微笑みは、私の後ろ暗さを一瞬だがグサリと刺した気がした。
 汚れを知らぬ魂が見えた気がする。スパイですみません。
 
  しかし、そんな私の心の葛藤を佐東少年は知る由も無い。
 彼は本当に何も疑うことなく、私を先導し、野々村家へと案内してくれるのだ。
 
 「鳶丸くん、それでどう? そろそろ学校にも慣れた?」
 
  道すがら、佐東少年はそう私に尋ねてくる。
 彼は本当にいろいろと気を使ってくれていて、ことあるごとに私に手を差し伸べてくれようとする。
 とほほ、スパイの身の私としては、真心から出た親切心が痛いんです。
 野々村少年の家は大変近かった。徒歩で10分かかっていないだろう。
 
 「野々村くんの家は、このマンションだよ。3階、303号室さ。覚えやすいでしょ?
 それじゃあ玄関に入ろう。オートロックだからね。インターホンで呼び出すんだ。
 鳶丸くんの家とおんなじだから、問題ないよね」
 
  2人でマンション1階の玄関に入り、インターホンを押す。
 ピンポン。と、聞き慣れた電子音が響き、来客が告げられる。
 オートロックの扉が開かれる。それでは野々村家にお宅訪問である。
 
 
 
 
  そして潜入に成功! 私は今、野々村家のリビングにいる。
 出迎えてくれたのは野々村飛鳥のお母さん(義理)の美春さんだ。
 
 「こんちにわ、美春さん。今日は転校生を連れてきたんだよ。鳶丸くんって言うんだ」
 
  佐東少年がこちらの紹介も兼ねて挨拶してくれた。
 
 「森下鳶丸です。よろしくお願いします、美春さん」
 
  美春さんは溌剌とした感じの女性だ。
 年齢は秘密とのこと、組織の資料によると25才らしい。 
 髪は肩口で切りそろえており、軽くウェーブがかっている。
 エプロン姿がいかにもママさんらしい。
 
 「あらあら鳶丸くん? いらっしゃい。セアンくんも久しぶりかしら。
 ごめんなさい、アスカを起こしてくるから、ちょっと待っていてね?」
 
  そう言い終わると、美春さんはリビングにつながる和室へと入っていった。
 
 「アスカくん、まだ寝ているのかな? いつもなら起きて出迎えてくれるのに」
 
 「そうか、珍しいんだね、こういうの」
 
 「そうだね、それにダイスくんもまだ来ていないみたいだ、いつもなら一番早くに来ているの
 だけど・・・」
 
  セアンくんが何か言いかけたところで部屋の奥からどたばたといった音が聞こえてきた。
 なぜか数人分、いや、3人分の声や物音が聞こえてくる。
 奥の和室から、美春さんとは違う、別の女性が出てきた。
 誰だろう? 資料では見ていない人物だ。
 
  ふむ、理知的な細面の顔立ちに、黒縁のメガネをかけている。
 かなりの美人だが、いかにもキャリアウーマンと言った感じで、キツそうな印象を受ける。動物で
 言えばキツネであろう。
 髪は後ろで結い上げている。清潔感があるのだが、どうしたわけか私には「機動性が高い」という
 形容が似合うように思われる。
  服はと言えば、上着は薄手のセーター、色はパープル。下はピッチリしたジーンズだ。
 気の置けない、昔からの女友達の家に遊びに来ましたー。という雰囲気である。
 
 「うふふふふふふ」
 
  そしてその女性は、和室からでてくるなりその美貌を邪悪に歪ませて口元だけで笑った。
 
 「うふふふふ! すばらしいわ、すばらしいわぁあたし! ああっ、自分の才能の素晴らしさに
 鼻血を出して気絶しそうよ・・・。あら」
 
  そこでその女性はこちらを見つけた。
 キラン、メガネの奥で双眸が光る。あれは、獲物を見つけたキタキツネの目だ!
 という言い回しが、私の頭の中で沸いて出てきた。
 
 「ちょうどいいところに居たわね。セアン、それから、ええっと・・・」
 
 「鳶丸、森下鳶丸です。数日前に転校してきた転校生で」
 
 「そう、まあいいわ。ギャラリーは1人でも多い方が良いものね。
 うふふ、そろそろこのあたしが作り上げた芸術作品が目覚める頃よ。
 かもーん! マイフェバリットマスターピース!」
 
  その英語は正しいのか。
 しかし、事態は私の心のツッコミなどを省みることは無く、先へ先へと進んでいく。
 そのキツネ目の女性が大げさなポーズで和室の戸を指差す。
 タイミングを計っていたのだろうか。そこから美春さんに連れられた1人の小さなメイドさんが
 出てきた。
 
  ?メイドさんだ。
 フワッとした長い茶髪、頭の上のアレ、そして服装は、本家イギリスビクトリア様式ではなく、
 その後世界に分派していった、フランス風メイド服。フレンチメイドスタイルだ。
 資料で見たところによると、くるぶしより上の足を出す所と、二の腕をさらすところが
 フレンチメイドの特色らしい。
 
  その子供メイドさんは、なにやらとても眠たいらしい。
 可愛らしいあくびをしながらご登場だ。
 
 「ふぁああ。うう、ボク、いつのまに眠ってたんだろう。ああ、いつ来てたの?
 セアン、鳶丸くん、いらっしゃい」
 
  その声で、となりのセアンが凍りついた。ピシーン。効果音が無いから、とりうあえず口で
 喋ってみた。
 
 「ヤア、オハヨウ、アスカ」
 
  セアンくんが台詞を棒読みしている。
 あれは野々村少年なのか?! 完全に女の子の格好をさせられているぞ。
 本人はそれにまったく気が付いていない。
 
  陰のほうでは大人の女性2人がなにやら不思議な踊りを舞いながら悶えている。
 「眠り薬の量、ばっちり」とか「あの服を手に入れるのにあらゆる手を尽くした」などなど、
 不穏当な会話が微かに聞こえてくる。
 
 「ふああ。なんでこんなに眠いんだろう」
 
 「アスカ、キッチンに行って飲み物を取ってきなさい。それでみんなに出してあげなさい」
 
  美春ママから恐るべき指令が下る。
 
 「はーい」
 
  完全に寝ぼけまなこでフラフラとしながらキッチンへと向かう野々村。
 そこで野々村家のチャイムが鳴った。
 未だ正体不明のキツネ目の女性が急いでドアホンへと返答し、客を家の中へと招き入れる。
 現れたのは並木少年だった。
 
  キツネ目の女性は並木少年を甲斐甲斐しくリビングのソファに座らせる。
 お客がみんなソファに座ったところでメイド姿のアスカが、これまたボヘらーとしながら
 お盆に載ったジュースを運んでくる。
 
  並木少年の顔にはいくつもの?が見える。
 なにやら少し顔を赤らめるダイスくん。いや、キミ、それが野々村だって、わかってないだろ。
 野々村少年がお盆を抱えてキッチンへと戻っていく。
 そこでようやく、並木少年が口を開けた。
 なにやら小声でセアンくんに話しかける。
 
 「なあなあ、あの可愛い女の子、ダレ?」
 
 「アスカだよ」
 
  間髪入れずに答えてんじゃないよセアン!
 並木少年がマンガのようにジュースをストローから吐き出す。ブジューッ。
 
 「げほっ! げほ、げほ」
 
  そこでこの事件の元凶、共犯である2人の女性が微かに笑い始める。
 ぷすすすす、とか、そういう抑えきれない笑い声が漏れてくる。
 
 「お、おい! おいアスカ! おまえなんてかっこうしてんだよ!」
 
  いつのまにか耳まで顔を真っ赤にした並木少年がキッチンへと突き進んでいく。
 そしてキッチンとリビングのちょうど中間辺りで2人がぶつかる。
 
 「アスカ! なにやってんだよこんな服で!」
 
 「へ?」
 
 「なにボーッとしてんだ! 自分の格好、とっとと見ろ!」
 
 「え?」
 
  そこで、野々村少年はようやく自分の足元を見た。
 そこにあるのは紛れも無く、フリフリ付きの、可愛いミニスカートだ。
 事態をようやく飲み込んだ野々村は、これまた誰も聞いたことが無いような奇妙な悲鳴を上げる
 のだった。
 (ひぎゃうあぅぁあ! みたいな感じであった)
 
 
 
 
 
  それから10分ほどが過ぎた。
 我ら少年一同は、野々村少年にあてがわれた子供部屋にいる。
 養子の彼以外に野々村夫妻には子供がいないようで、この部屋は彼1人のものである。
 
  野々村少年はさっきから黙りこくったまま。
 部屋の片隅で体育座りした状態でしょぼくれている。
 時折「見られた、みんなに見られた」と呟いているのがわずかに聞こえる。
 一応、メイド服から男の子の服に着替えたようだ。
 
 「だから凛子が来るとダメなんだよ! 美春さんも凛子もどうしてこう
 アスカに女の格好させたがるんだ?」
  
 「困ったね。美春さんは普段は普通のおとなしい人なのに、いざアスカのこととなったら
 人が変わってしまうんだよ。『可愛い男の子には、女装させよ』とか言ってるし」
 
  可愛い子には旅をさせよ、だろう。させることが奇妙なものに入れ替わってしまっている。
 いや、まて、リンコ? 今確かに凛子と言ったか? それはつまりあの女が、先日ボスが話して
 いた安曇凛子という謎の女性なのか?
 
 「おれ、凛子に言ってくる! あのキツネ目め。アスカをおもちゃにして遊んでいるの違いない」
 
  いきりたち、やおら立ち上がる並木少年だが、どうしたわけかセアンくんが
 それをなだめる。
 
 「どうどう、落ち着いて、ダイスくん。前に凛子さん、言っていたじゃない。
 アスカくんの精神衛生上、女装は不可欠なんだって」
 
  どういう精神衛生なんだ。
 
 「どうだかな、それだって本当のことかどうかわからないぜ?
 ちっ、やっぱり言うだけ言ってくるぜ。あのキツネ目女にガツンと言ってやる!」
 
  並木少年はそう言い放つと、ズンズンとリビングへ歩いていこうとする。
 
 「ちょ、ちょっと待ってよダイスくん。・・・まいったなぁ、凛子さんと言いあってもまた
 言いくるめられるだけなのに」
 
  セアンはゆっくりと立ち上がり、並木少年の後を追う。
 当事者の野々村少年はほったらかしか。
 さて、どうするか。
 あの凛子という女、少々気になるな。
 とりあえず、ここは申し訳ないが、彼は放っておいて並木少年の方の様子を見ることにしよう。
 
 
  リビングに向かうと、そこでは早速、並木少年と凛子という女が討論していた。
 並木少年は腕を組み、いかにも力んだ様子だ。
 それに対し凛子という女は、そんな並木少年の様子が微笑ましくて仕方が無いといった様子である。
 そりゃ、大人と子供の言い争いだからな。凛子サイドに力む要素は何もないか。
 
 「おい凛子! どうしてこう、お前はアスカに変なちょっかい出すんだ!
 アスカは男なんだぜ! 女の格好させるのおかしいだろう!」
 
 「あらあら、そうかしら? アスカが女の子の格好するのって、そんなに変?
 似合わない?」
 
 「似合う、似合わないじゃねぇよ。男はやっぱ男の格好しないと」
 
 「そう? そうかしら、あたしはそうは思わないけど。だって、女の子だってメンズの・・・
 いやいや、男の子の服を着たりするでしょう? それなら別にいいんじゃない? 逆もまたしかり。
 男の子が女の子の格好しても、あたしは変だと思わないけど」
 
 「いや、だってさ、男は男らしくしないとダメなんだぜ!」
 
 「あら、どうして?」
 
 「えーと・・・それは、ほら、アレだよ。男は悪いやつがみんなを苛めていたら戦わなきゃなら
 ないんだ。そういう時のために、男は普段から男らしくしてないとダメなんだよ」
 
 「そう、それは立派な考え方ね。でもそれだけでは足りないと、あたしは思うわ」
 
 「?何が足りないんだよ」
 
 「みんなを守るためには、優しさが必要ではなくて? いい? ダイス、よく聞いて。
 あたしは世の中でいろんな男の人を見てきたわ。いろいろと仕事も一緒にこなしてきた。
 だけど! はっきり言うわダイス。ほとんどの男は」
 
  そこで凛子は右手を握り締め、力を込めた演説を始めた。
 
 「ほとんどの男は、粗野で! 雑で! 女を対等な人間として扱えない、頭の悪い変な生き物
 だったわ!」
 
  そうですか。すみません。
 
 「それであたしは悟ったのよ! どうしてこう雑で粗野で頭パーで女を対等に扱えないのかって! 
 それはね・・・雑で粗野で頭パーで女を対等に扱えない男が育てたからよ! それだからどうしよ
 うもないのよ!それじゃあどうすればいいのか? それはね・・・」
 
  そこで凛子は握り締めた右手を天高く突き上げた。
 
 「あたしみたいな女の手で、男の世界から切り離して育てるのよ!
 そう、そうよ。そうしないとあの天使のように可愛らしい男の子たちが、みんな大人になったら
 雑粗野頭パーで女を対等に扱えない男になってしまうの。
 女性に対して必要な敬意も、配慮も、気遣いも、何もかも無い男になってしまうの。
 そうなってからでは遅いの!
 そうならないためにも必要なの、子供の頃から女の子の世界に触れておくことが。
 それでこそ、女の子を自分と対等な人間であると認識できる男の子が育つのよ!」
 
 「え、いや、だって、その」
 
  とりあえず、並木少年はもう反論できないらしい。
 反論してもしかたがないしな。これはもう凛子さんのイデオロギーだと言うべきだろう。
 
 「ええ、ダイス、わかってくれとは言わないわ。うん、理解してくれなくてもいい。
 だけど、これは必ずアスカのためになることなの! 将来きっとあなたも理解するわ。
 凛子さんの処置は正しかったのだと!」
 
  凛子はポケットからハンカチを取り出して、涙を拭くようなそぶりを見せる。
 いや、あなた別に泣いてないでしょう。
 
 「そうだわ、ねぇ美春。この子達全員に女の子の服を着てもらうのはどうかしら?
 ダイスも、セアンも、ええっと、そこの男の子も、可愛らしい服を着ればきっと
 あたしの言っていることの意味を理解してくれるわ!」
 
  それを聞くと、まず佐東少年が一目散に逃げ出した!
 信じられない速度で野々村少年の部屋へと戻っていく。
 
 「やべっ! おい逃げろ鳶丸! マジで凛子にスカートはかされるぞ!」
 
  並木少年も回れ右をし、鳶丸の腕を掴んで野々村少年の部屋へと駆け込んでいく。
 う、うわ、少し速度を加減してくれ! 後ろ向きじゃ文楽55号をうまく走らせられない!
 
 
  部屋に戻ると、なぜか野々村少年がいなかった。
 トイレにでも行ったのかと思っていたが、帰ってきた時にはまた女の子の服を着せられていた。
 
 「母さんがね、女の子の服を勧めたら、断ると大変なんだ。『うちのアスカが不良になっちゃった』
 っておいおい泣くし、結局こうなってしまいました」
 
  ふむ、野々村少年の服は以下のように変化している。
 上着は襟元が大きく丸く開いたピンクのシャツ、星のワンポイント入りとなっている。
 下はフリフリが可愛いブラウンのミニスカート、それにピンクのストライプが入ったニーソックス
 をはいている。
 
 「あはは、僕、知らなかったけど、もしかしたら家じゃしょっちゅうその格好なの?」
 
  佐東少年がなるべく明るく装って話しかける。
 
 「うん、母さんはできる限りこうしていて欲しいって言うから・・・はぁ」
 
  から・・・の後のため息が、妙に似合っていた。
 
 「ほらほら、気を取り直して、なんかしようよ。そう言えばさ、アスカくん、新しいゲーム
 買ったんじゃなかったけ?」
 
 「ああ、うん、そうだね。この前モンスターファンタジーの新しいの買ってもらったんだ。
 どこに置いてあったかなぁ」
 
  野々村少年は窓の下にある棚をあさり始める。
 ちょうど四つん這いの姿勢でこっちにお尻を向けると結果として・・・。
 
 「アスカくん。その、言いにくいんだけど。スカートからパンツ見えてるよ」
 
  佐東少年がすかさず注意を促した。
 中身はブルーのストライプのショーツだ、そこまでやるか。
 
 「ひえっ、ごめん」
 
  なぜか自分が謝る野々村少年。
 しかし、頬を赤らめてパッと下着を隠すところとか、本当に男からは遠ざかりつつあるなぁキミは。
 そんな感想を持ちつつ、ふと並木少年の方を見ると、おいおい、顔を赤らめているんじゃないよ。
 まあねぇ、アスカくんの外見はどこをとっても女の子にしか見えないし。
 10才ぐらいだと、そろそろ異性のことに心トキメクお年頃。
 とりあえず、大きくなってから今日という日の出来事が、少年たちのトラウマになっていないこと
 を祈ろう。
 
  それはこの辺で置いといて。
 私は自分がスパイであることをようやく思い出した。
 そうだ、あの凛子という女性のことについてみんなに聞いてみよう。
 私は3人に、それとなく話を持ちかけてみた。
 
  凛子、本名はやはり安曇凛子のようだ。女性、28才。
 以下は、少年たちによる証言である。
 
  並木少年の証言
  凛子がどんな人かって? 詳しくは知らないよ。
 昔は外国の大きな会社で働いていたとかで、でも自分に合わないから辞めたんだって。
 いろんな所に顔を出して仕事しているらしいよ? でも、仕事の内容はよく知らない。
 まあ、オレに言わせりゃ男子にスカートをはかせようとするおかしな女さ。
 
  佐東少年の証言
  驚いたでしょ? あれで本当は優秀な人らしいよ。
 なんでもアメリカの有名な大学を卒業しているんだって、すごく頭がいいんだよ。
 凛子さんはこの3人の家族全員と知り合いだよ。家族ぐるみの付き合いっていうのをやってる。
 仕事はよく知らない。いろんな所に行って、いろんな人と会って話しをするのが仕事だって
 言ってた。よくわかんないね? 通訳でもやっているのかな?
 
  野々村少年の証言
  母さんと結託して、ボクに女装させようとする人です。
 どこで買ってくるのかわからないけど、いろんな服を持っているよ?
 アニメやゲームのキャラクターが着ているような変な服もいっぱいある。
 いろんな資格を持っているって聞いたことがあるけど、どういう人なのかなあ。
 
 
  以上、証言終わり。
 確定的な事項が何一つ無い気がする。
 ま、子供の証言ならこんなもんだろう。少しは手がかりになるはずだ。
 
  その後はテレビゲームをやったり、それに飽きたら外に出て、公園で軽くサッカーボールを
 蹴って遊んだ。
  テレビゲームでは佐東少年と私が白熱の勝負を展開した。
 普段の自宅待機でやっているテレビゲームがこんなところで役に立つとは思わなかった。
 クラッシュエンペラーというカーレースゲームではかなり盛り上がった。盛り上がりすぎて凛子
 さんに叱られた。(というか、あの女いつまでいるのだ)
  そのあと、公園に出て3人でボールをパス回ししたり、軽くシュート練習をしたりして遊ぶ。
 野々村少年はサッカーをやらなかった。なぜかというと、それはあのミニスカートのままで外に
 出てきているからだ。
 哀れなことだ。たまにあの格好で凛子さんに引き連れられて外出しているそうで、
 近所では野々村飛鳥のことを女の子だと思っている人もいるそうだ。
 ご愁傷様である。
 
 

 
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