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マンハンター ジャコウアゲハの夢

8章 エピローグ

 



 
 「周平さん・・・」
 
  誰かの声がする。何か、柔らかい物に包まれている。
 
 「アルニー、ご飯、持ってきた」
 
 「ありがとう、そこに置いておいて」
 
 「はい」
 
  2人の声がする・・・僕は・・・どうしたんだ。
 
  うっすらと目を開ける。
 
  そこには、光に包まれて輝いている、妖精みたいに可愛らしい少女がいた。
 
 「・・・周平さん・・・?」
 
  少女は、その目に涙を浮かべている。
 喜びの涙なのだろう。
 涙が日に照らされて、なんだか宝石みたいに見えた。
 
 「周平さん!」
 
  少女が、アルニーが抱きついてくる。
 とても柔らかくて、いい匂いがした。
 
 「しゅうへいさん、しゅうへいさん・・・」
 
 「アルニー」
 
  僕は彼女の髪を、優しく撫でた。
 
 「周平さん・・・良かった・・・本当に良かった・・・」
 
  ドタドタドタ 誰かが廊下を走っている。
 
 「周平、起きた」
 
  トトトッ、と走ってきて、コフィはアルニーの反対側に座った。
  
 「うーん、ピトッ」
 
  コフィが、僕の頬に、キスをした。
 
 「こ、こらコフィ! しゅ、周平さんに、な、何をするの!」
 
  アルニーが怒る。
 
 「つばつけた」
 
 「つばって・・・もう! ああ・・・もう、コフィ!」
 
  こんなやり取りが、10分は続いた。
 
 
 
 
 
  あの後のことをアルニーに聞いた。
 なんでも、館が停電になったら、その瞬間に警備会社の人が来る事になっていたらしい。
 彼女たちはタッチの差で、助けられたのだということだ。
  警察に連絡しようとしたものの、『死体でも出ない限り、まともに取り扱ってくれない』
 と、警備会社の人から言われたので、諦めた。
 まぁ、どちらにせよ、コフィはあの様子だし、アルニーにしても何かの証拠になりそうな情報は
 何も持ってはいなかった。
 
  僕は結局たいして役に立たなかったのだが、僕が時間を稼いでないと、危なかったらしい。と、
 警備会社の人は言っていた。
 マンハンターはその後、見つかっていない。山向こうには国道もある、そこからどこかに逃げた
 のかもしれない。
 しかし、たいしたものだ。進入の気配も、逃走の跡も、何も残していかないのだから。
 これでは、警察も捕まえられないわけだ。(さらに言えば、警察も動きようが無いわけだ)
 
 
  僕の怪我はたいしたものではなく、翌日にはピンピンしていた。
 それから僕は、しばらくこれからのことを考えていた。
 
 
 
 
 「それで? 間宮、あんた、しばらくあの洋館にいるの?」
 
  教室で、水岡に呼び止められた。
 もう夕方だった。教室の中は朱に染まっている。
 
 「うん。コフィが泣いて泣いて・・・聞かないんだよ。帰っちゃやだって。正直なところ、食費も
 かからないし、
 家事もしなくていいし、なんだか離れ難くなっちゃって、
 コフィに飽きられるかどうかするまで、しばらくお世話になることにしたんだ」
 
 「はぁ、間宮のハーレムってわけね」
 
 「ハーレムってなんだよ、人聞き悪いだろ」
 
 「鈍感ね、間宮も。知らぬは本人ばかりなりってとこね」
 
  水岡はヒョットコみたいに唇を突き出して、抱擁の仕草を繰り返して、
 水揚げされたタコみたいにクネクネと踊っている。
 
  僕は話題を変えることにした。
 
 「そういえばさ、枕下先生、行方不明なんだって?」
 
 「うん、そうみたい。なんか、10日の夜から行方不明なんだって」
 
 「10日か」
 
 「10日までは連絡取れてたみたいなんだけど、熱心な先生だったから・・・皆、マンハンターに
 やられたかもって騒いでる」
 
 「もしかしたら、日月の家にやってきたマンハンターにやられたのかな・・・」
 
 「正義感の強い人だったからね。どこかで鉢合わせして、捕まえようとして戦って・・・やられ
 ちゃったのかも」
 
 「うん、怖いね」
 
 「えっちゃんも泣いて泣いて・・・大変よ。今頃、体育の規子先生の膝で泣いているよ」
 
  僕は、なんとなく、枕下先生の無事を祈った。
 太陽の赤い色があの先生にも見えているのなら、降り注いでいるのなら、祈りも届くかな。
 そう思った。
 
 
 
  
 
 
  日月の家に帰る。
 玄関先ではアルニーが待ってくれていた。
 
 「お帰りなさい。周平さん」
 
 「ただいま」
 
  アルニーは最近、少し元気になった。
 夕焼けの赤に、アルニーが染まる。
 アルニーは白いから、周囲のどんな色にも染まる。
 
 「最近、調子はどう? なんだか、顔色はいいみたいだけど」
 
 「はい、調子はいいみたいです。食欲もあるみたいで、ご飯が美味しいです」
 
 「そう、それは良かった」
 
  僕達は並んで、館の中に入る。
 今日も、館は花でいっぱいだ。
 館はいい香りで包まれていた。
  なんだか、同じような香りがアルニーの身体からも放たれている。
 これが女の子の匂いなのだろうか?
 甘くて、鼻の奥に絡みつくような匂いに、正直言ってドキドキする。
 
 「周平さんが、いてくれるから、わたし、元気なんです」
 
 「え?」
 
 「い、いえ、なんでもないです。行きましょう、さっきからコフィがお腹をすかせて
 待っているんです」
 
  アルニーが僕の先を歩く。
 
 「うん、行こう」
 
  館の戸を閉め、キッチンへと向かう。
 今夜も騒がしい夕食になるだろうが、なんとなく楽しかった。
 いつまでもこんな時間が、続けばいいなと思った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  ジャコウアゲハは美しい。
 どうしてこの蝶は、こんなに美しいのだろう?
 ある時、そう尋ねられた誰かが、こんな詩を返したという。
  
 
 
 
 
 
 
 
 
  毒の香りを放って飛ぶから
 
  重い罪過(ざいか)を背負って飛ぶから
 
  ジャコウアゲハは美しいのだ
 
  
    
 
 
 
 
 
 
  マンハンター ~ジャコウアゲハの夢~ 完
 
 
 
 
 
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