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マンハンター ジャコウアゲハの夢

6章 5月5日

 

 
  5月5日 金曜日
 
 
 「周平、起きて」
 
  ユサユサ 僕は揺すられる。
 ケホンッ、ケホンッと女の子が咳をするのが聞こえる。
 
 「周平、起きて、起きて」
 
  ユサユサ。
 
 「うーん、何? どうかした?」
 
 「アルニーが風邪を引いた」
 
  寝ぼけまなこを開けると、そこにコフィの顔があった。
 
 「アルニーが風邪を引いたの・・・」
 
  コフィがアルニーの方を指差す。
 
  ベッドの上にはアルニーが横たわっていた。
 時折苦しそうに咳をしたり、唸ったりしている。
 
 「アルニー、大丈夫?」
 
 「ケホッ ごめんなさい、たいしたことは無いと思っていたんですけど・・・
 体調を崩して、コホッ、しまいました・・・ゴホッ、コホッ」
 
 「はい、薬」
 
  コフィがどこかからか、数粒の錠剤と水を持ってきた。
 アルニーはそれを受け取り、飲み込む。
 
 「すみません、周平さん。今日は家事など、出来そうにありませ・・・コホッ」
 
 「風邪の時ぐらい休みなよ、アルニー。僕が何か、適当なものを作るから」
 
  それを聞いて、コフィが安堵の笑みを浮かべた。
 
 「よかった。あたしの朝ごはん、どうなるのかと思った」
 
 
 
 
 
 
  10分後、僕は日月家の厨房に立っていた。
 他人の家の厨房に立ったのは始めてだ。何もかも、勝手が違い、作業がなかなか進まない。
 とりあえずフライパンにて、目玉焼きを作る。
  ベーコンエッグにしたかったのだが、コフィに『豚肉キライ』と言われて、止められた。
 コフィが冷蔵庫から牛乳を取り出して飲んでいる。
 
  インスタントのコーンポタージュを作り、作り置きしてあったバターロールを出す。
 その辺にあったトマトを適当に切って出したら、コフィは自分でドレッシングをかけて食べた。
 
  コフィはトマトの汁で口の周りをベタベタにしている。
 アルニーがやっているのを思い出して、拭いてあげる。
 くにゅくにゅとコフィの口元をいじっていると、コフィは気持ちよさそうにしていた。
 
 「ねぇ、コフィ」
 
 「何?」
 
 「アルニーは、病気のとき、何を食べたりしてる? ほら、まともなものは胃が受けつけない
 だろうし、そもそも、料理は作れないし」
 
 「あたしが、その辺にあるパンとか、果物とかを持って行くか、アルニーが自分で何か適当に
 食べてる」
 
 「うーん」
 
  朝食終了後、僕は米を取り出した。これを子鍋に入れて、大量の水と共に火にかける。
 
 「なにしてるの?」
 
  コフィが聞いてくる。
 
 「おかゆでも作ろうかと思って」
 
 「あたしは、おかゆキライ」
 
 「アルニーのだよ」
 
 「よかった」
 
 「梅干とか、無いかな」
 
 「アルニーが昔買ったのが、冷蔵庫の奥にある」
 
 「ありがと」
 
  小型の土鍋等があればいいかと思ったのだが、見当たらない。
 深めのグラタン皿があったので、イタリア料理かスペイン料理みたいなものかと思い、
 これに盛った。
 おかゆ完成。小皿に梅干をのっけて、いくつかの果物を適当に取る。
  その横で、オレンジはだめだと、コフィはオレンジを死守している。
 
  『こんなもんかな病人食』をお盆にのっけて、僕はアルニーの部屋に向かう。
 
 
  コンコン 戸をノックする。
 
 
 「アルニー、ご飯を作ってきたよ、食べる?」
 
  妙な間があった。
 
 「・・・はい、はい、はいっ、い、いただきます」
 
 「開けていい?」
 
 「どうぞ」
 
  戸を開ける。
 ベッドの横まで行って、アルニーの様子を見る。
 
 「具合はどう?」
 
 「はい、今は少しばかり楽です・・・あの、それは?」
 
  アルニーはグラタン皿のおかゆに興味津々といった感じだ。
 
 「僕が作ってみた。見よう見まねで適当だけどね、良かったら食べてよ」
 
 「・・・いただきます」
 
  アルニーにレンゲを手渡すと、ゆっくりと、彼女はおかゆを食べ始めた。
 その後、アルニーは食事を全て食べた。お腹が減っていたのかもしれないけど、
 病気はそれほど深刻なものではないのかもしれない。
 
 「ごちそうさまでした、おいしかったです」
 
  ベッドの上で、アルニーはなんだか調子が良くなってきたみたいに見える。
 
 「おそまつさま」
 
  僕は食器を片付ける。
 
 
 「・・・なんだか、人が作ってくれたものにごちそうさまって言うの、久しぶりです」
 
  アルニーは嬉しそうにはにかむ。
 
 「そうか、そうだよね」
 
 「はい。なんだか、嬉しいですね、こうして人に作ってもらったものを食べるのって。
 わたし、コフィが甘えたがる気持ちが、少しだけ分かったような気がします」
 
 「なんなら、これからは交代で炊事をしようか?」
 
 「そ、それはダメです!」
 
  アルニーが僕を止めた。
 
 「これは、その、わたしの・・・わたしのやりたいことなんです。
 わたし・・・コフィや周平さんが、ご飯をいっぱい食べてくれるのを見るの、好きなんです」
 
 「そ、そう」
 
 「あ、あの、周平さん」
 
  アルニーが僕の服の袖を掴んだ。
 
 「料理よりも・・・お願いしたい事があります。もう少し・・・もう少し・・・こっちへ
 来て下さい」
 
  スルスルと、僕はアルニーの方に引き寄せられる。
 やっていいものかどうか、迷ったが、僕は自分の心の赴くままに動いた。
 ふんわりと、アルニーを抱きしめてみた。
 
 「周平さん・・・」
 
  ゴロゴロと、ネコが甘えるみたいにアルニーは僕の胸に顔を押し付ける。
 甘える顔は、コフィと同じだった。
 
 「コフィに見つかったら、怒られてしまうかも、あの娘は周平さんが好きだから・・・
 けど、今は、今はわたしにも甘えさせてください。コフィは私に甘えるけど、
 わたしには甘える人がいないから・・・だから・・・」
 
  それは、ほんのわずかな時間だったが、とても長い時間のようにも感じられた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  チャラチャラチャー!
 
  軽薄な感じの効果音と共に、昼のワイドショーが始まる。
 この3日間は、天候にも恵まれ、行楽地への人出はまずまずだったとか言っている。
 でも、お天気はこれから下り坂で、場所によってはかなり雨が降るとか言っている。
 各地で連休を利用したイベントが開催されている。
 こいのぼりがどーとか、戦後がどーとか、憲法がどーとか、国家がどーとか。子どもがどーとか
 
  そんな中、毛色の違うニュースが流れた。
 
 「マンハンターは、どこで犯罪を犯すか? 緊急座談会!」
 
 「マンハンターは、都会での犯行が圧倒的に多い! 田舎は、とけ込みにくいのが原因か」
 
 「被害者の会、語る。『死体が出たケースじゃないと、警察が本腰を入れてくれない』」
 
 「某カルト教団幹部、マンハンター除けDVD、販売するも効き目なし、検察庁、立件へ」
 
 「マンハンターの名を語る詐欺団、逮捕。被害総額は10億円を突破か」
 
  この後、自称専門家とか、自称元捜査員とか、自称心理学者とかが出てきて、
 何かわけの分からないことを騒いでいた。
 
  コフィはつまらなさそうに、テレビのチャンネルを変えた。
 
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