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マンハンター ジャコウアゲハの夢

2章 4月28日



 
  4月28日 金曜日
 
 
  次の日の4月28日、学校は朝から全校集会となった。
 僕たちは全員、体育館に集合。そこで先生の話を聞く。
 
  そこで先生たちが話した内容は、マンハンター事件に関すること。
 事件そのものの発生は、今朝の朝刊やらニュースやらで大々的に報じられていたので
 知らない人はほとんどいなかった。
 
  先生方の話が続く。
 夜中に出歩かないこと。どうしても出歩くなら複数で行動すること。
 昼間であっても、人目のつかない所は避けること、不審な人を見かけたら充分に注意し、
 親か警察か先生に、あるいは近くにいる大人に伝えること・・・など、1年前のマンハンター事件
 の時と同じような注意事項がつらつらと述べられる。
 
  
 
  そんな中、新しく教職員として赴任した先生が数人いた。
 その中の1人に まくらした という変わった苗字の先生がいた。
 
  みんながいろいろと言っている。
 
 「マンハンターに狙われるのって生徒とか、若いのが多いだろ? 最近、それで学校の先生とかが
 我が身可愛さに学校を辞めたりしてるんだって」
 
 「それでか、何人か先生、居ないなーとか、新しい先生って何? とか、思ってたんだよね、先生
 たち、逃げたってこと?」
 
  誰だって、我が身が可愛いに決まっている。とか思ったりする。
 
 「うーん。やっぱりさ、先生が見廻りとかをするから危ないんだよ。マンハンターに対する見廻り
 に素人を投入するから良くないんじゃないの?」
 
 「そうは言ってもさ、先生が職員室に閉じこもってたらPTAとかにいろいろと言われるでしょ?
 『生徒が可愛くないのかー!』とかって」
 
 「はぁ、先生も大変だね。あたし、先生になりたかったけど、やめようかなー」
 
  この全校集会の終了後、生徒は各自、それぞれの教室へ行って
 再度、担任の先生の指示を受け、この日は昼前に下校となった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  僕は、学校が終わった後、あの白樺の丘に立ち寄った。
 思ったより学校が早く終わってしまい、すぐに自分の家に帰るのが、なんとなくもったいなかった
 からだ。
  この辺りは子供の頃には、随分遠くだと思っていたのだけど、実際にはたいした距離は無かった。
 自宅からは歩いて20分。学校からは歩いて15分程度と言った所だろう。
  自転車を岩陰に隠し、少し丘を登ると、晴天の青空に包まれた白樺の丘が見えた。
 ちょうど昼の12時だ。太陽は真上にあり、僕の影も木の木陰も、面白いぐらいに縮小している。
 
  むき出しの肌に光が当たって熱い。
 
  もう、春なのだ。
 
  白い樹皮が幾重にも並び立ち、そのあいだをわずかに冷たい風がサヤサヤと流れていく。
   
  そこで、何かが羽ばたいた。
 大きくてキレイな蝶が、白樺の木々の間を、風に流されるように飛んでいるのが見えた。
 
 「ジャコウアゲハだと思います」
 
 「え?」
 
  僕の後ろから、女の子の綺麗な声がした。
 僕はあわてて後ろを振り返った。
 はっきり言ってビックリした。まさか人がいるとは思っていなかったのだ。
 
  そこには女の子がいた。
 白い女の子だった。
 白い日傘を差して、白いワンピースを着て、白い帽子を被っている。
 肌も髪も、真っ白な少女が、どこまでも白い樹が続くこの丘に、擁(いだ)かれるようにして立っ
 ていた。
 
  一言で言うと、その子は美少女だった。
 だが、その美しさは人間のものとは思えなかった。
 存在する世界を間違えているのではないかと思えるぐらいの、異常な美しさだった。
 少女は、緑色というか、青というか、なんともいえない色の目で、僕を見つめていた。 

  冷たい風が、彼女の真珠色の髪に乱れをおこす。
 
  僕はただ、呆然と、この世のものならざる美しさを持つこの少女を見つめていた。 
 その少女は、間違いない。
 あの『マンハンター様支援係ホームページ』に写真が上がっていた女の子で・・・
 幼い頃に僕が見た、あの妖精の少女と面影がそっくりだった。
 
 
  僕の沈黙が会話のリズムを崩してしまったようで、少女はもう一度、言葉を放った。
  
 「あの、その蝶のことです。ジャコウアゲハだと思います」
 
 「ジャコウアゲハ?」
 
 「はい、そうです。でも・・・こんな時期に、さらに言うとこの地域に、普通にいるものなのか
 どうかは知りません。もしかしたら、わたしのうちの温室にウマノスズクサがあるから、
 そこから出てきたものかもしれません」
 
 「そうですか、えーと、『うちの温室』と言う事は・・・もしかして、この近所に住んでいる方
 ですか?」
 
 「はい」
 
  そう言うと、少女は白樺の林の奥のほうを指で指し示した。・・・当然のように、指も真っ白
 である。
 
 「向こうの方に・・・3ヶ月ほど前に、この木鹿毛町に引っ越してきました」 
 
 「ああ!」
 
  そこで、僕は改めて思い出した。
 この白樺の林の奥には、つくりは古いが中々に立派な洋館がある。
 子供の頃、友達連中で噂にした屋敷だ。
 水岡が、『女の子2人が暮らし始めたらしい』とか言ってたっけ。
 
 「もしかして、あの古い洋館の?」
 
 「はい」
 
  女の子は答えた。
 
 「その古い洋館です。申し遅れました。わたし、あの家に住んでいる日月(ひつき)アルニーと
 申します。どうかアルニーとお呼び下さい。今後とも、よろしくお願いしますね」
 
 「あ、どうも。僕は木鹿毛高校2年の間宮周平です」
 
 「間宮周平さんですね。ふふっ 周平さん、学校名までおっしゃらなくとも、制服を拝見すれば
 一目で分かります」
 
  彼女は楽しげに微笑む。
 
 「そ、そうか、そうだよね、うん、そうだ」
 
 「あら?」
 
  そこで、少女の・・・いや、アルニーの表情に ?マークが浮かんだ。
 
 「申し訳ございませんが、周平さん・・・あの、わたくし、周平さんのお顔に見覚えがあるような
 気がするのですが・・・
 失礼ですが、わたくし、周平さんといずこかでお会いしてましたでしょうか?」 
 
 「もしかして」
 
  僕の心臓が高鳴り始める。
 アルニーは喋りが早く、せわしなくなっていく。
 
 「子供の頃、夜の白樺の林でお会いしませんでしたか? その時、わたし、男の子が怪我をして
 いるのを見て、応急処置をしようとしたとか・・・うつろに覚えているのですが」
 
  なんということか。
 偶然にしては出来すぎだ。
 僕が見た、あの白樺の樹の妖精は、このアルニーだったのか?
 
  いや、よくよく考えてみれば、アルニー以外に存在しようはずも無い。
 目鼻立ち、年齢、性別、そして何より、真っ白なアルピノという特徴こそが・・・彼女こそが、
 幼き日に見た、その妖精・・・いや、女の子であったという証であろう。
 
 「僕は確か・・・怪我をした薬指を、口に含んでもらったと・・・」
 
 「ああ! あの時の男の子は、・・・あなた・・・周平さんだったのですね」
 
  アルニーはとても嬉しそうに笑う。
 顔は紅潮し、白い肌がピンク色に染まった。
 
 「あの、あの・・・周平さん・・・でしたね。
 わたし、嬉しいです。わたし、ずっと考えていたんです。
 あの時の男の子は誰だったんだろう。わたしは夢を見ていたんじゃないのか・・・って。
 あのあとすぐ、わたしは遠くに引越してしまって・・・でも、木鹿毛町に帰れば、
 もしかしたらまた、あの男の子に出会えるのではないかって・・・ああ、夢みたいです・・・」
 
  アルニーはうっとりしている。
 
 「ああ、そうだわ、周平さん、お時間はありますか?
 いろいろとお話ししたいことがあります。明日のお昼ごろに、わたしの家に遊びに来てください
 ませんか?あ、いえ、すみません、勝手にいろいろと言ってしまって、あ、でも、どうしましょ
 う。はい、いつでもいいです。どうせわたし、暇ですし、いつでも、我が家に遊びに来てくだ
 さいな。歓迎いたします」
 
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 「それで? 周平、あんた、明日はそのお嬢様の所にお呼ばれしたわけ?
 それで? やっぱり遊びに行くの?」
 
  帰宅する途中、水岡が僕を目ざとく見つけた。
 
 「そうするつもりだけど」
 
 「はぁ、そうですか。 あの間宮がねぇ」
 
  水岡が『ウッシッシッシッシッ』という表現以外は適さないであろう笑い方をする。
 どうも、このクラスメイトは微妙にオヤジ臭い。
 
 「ああ、そういえば・・・」
 
  水岡は、いつもどおり、勝手にべらべらと話す。
 
 「ねぇ、間宮、あんたさ、枕下(まくらした)先生について、なんか知ってる?」
 
 「枕下先生? 誰だっけ? ・・・居たかな、そんな先生」
 
  『ハァー』と、水岡はアメリカンな感じの『呆れ』をボディーランゲージで表現した。
  
 「今日の朝、全校集会で挨拶したじゃない、挨拶! あんた、インターネットの情報とか詳しい
 から、なんか知ってるかなっ。・・・って思ったのよ。まぁ、知ってるはずないよね」
 
  水岡は、微妙に意味不明なことを言っている。
 
 「会ったばかりの先生のことなんて知らないよ。それより、どうしてそんなこと聞くのさ」
 
  気になる? 気になる? と、水岡は嬉しそうだ。
 
 「隣のクラスにあたしの友達がいてさー。その子がね、もう、一目見た瞬間に、枕下先生に
 惚れ込んじゃってさ、『ねぇねぇ、さとー。枕下先生に関して、少しでも情報持ってない?』
 って聞いてくるわけよ」
 
 「もしかして、去年、体育の規子(のりこ)先生に惚れ込んだ人?」
 
  水岡を『さと』というあだ名で呼ぶのは、一部の人間に限られる。
 
 「そうそれ、それでね『情報なんてないよ』って言ったらさ、『じゃあ、少しでも情報集め
 といて』って、
 ふぅ・・・それで、とりあえず、形だけでも聞いて回ろうと、友達だし」
 
 「それ、本当に友達?」
 
 「一応、向こうからはそうなってる」
 
 「大変だね。僕も、それとなく周囲に聞いてみるよ」
 
 「ああ、あんた良い子だね、あたしゃうれしいよ」
 
  前言撤回、このクラスメイトは微妙にババ臭い。
 
 
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  暗い部屋の中、わたしは1人、ベッドの上で物思いにふける。
 手を目の前にかざす。
 いつ見ても白い手が、闇の中に浮かび上がる。
 自分では気に入らないこの白も、今は幸せがいっぱいだから気にならない。
 
  ・・・夢みたいだ。
 まさかこんなに早く、あの時の男の子に出会えるなんて思っていなかった。
 
  わたしが愛することの出来る男の人は、
 
  彼だ。
 
  彼だけだ。
 
  彼しかいない。
 
  わたしはベッドの上で寝返りをうつ。
 今夜は、なかなか眠られそうにない。
 柄にもなく、わたしは興奮している。
 
 「周平さん・・・」
 
  彼の名前を呟いてみる。
 なんと言うことは無い名前のはずなのに、どうしてこんなに胸がときめくのだろう。
 心臓の音がやかましいぐらい。こんな夜は、本当に久しぶりだ。
 これからわたしは、この名前を何度も呼ぶのだ。
 
  何回も、何十回も、いえ、何万回も。
 
  そのたびに、わたしの胸は、こんなにも高鳴るのだろうか。
 それは、とても甘美な空想だった。わたしの人生に、こんなに幸せな時間が来るなんて、
 考えてもいなかった。
 
  明日はどうしよう。そうだ、あのワンピースは何処にしまったかしら。
 今夜は、眠れないかもしれない。不思議なくらいにシーツが暑苦しい。
 
  どうせと思い、わたしはベッドから降りた。なかなか寝付けないのだから、もうちょっと起きて
 いようと考えた。
 
  ふと、姿見の鏡に、わたしの姿が映った。
 周平さんは、わたしのこの体をどう思うだろう。
 
  わたしの体は健康的とは言いがたい。
 赤いはずの血液さえ、肉体的に虚弱なところがあるわたしのものは、時に青黒いものになる。
 彼はどんな人が好きなのだろう。やっぱり、わたしのような不健康な女は好みではないかもしれ
 ない。 
 
  それに、周平さんにはもう、好きな人がいるかもしれい。
 それは、とても不快な空想だ。
 わたしには、周平さんしかいないのに。
 彼だけが、わたしの愛せる人なのに、わたし以外の人が、彼の恋人になるのはとても嫌だ。嫌だ。
 
  彼に、わたしの事を好きになって欲しい。
 
  彼を手に入れるためなら、わたしは、どんなことでも出来る気がする。
 
 「周平さん・・・」
 
  わたしは鏡の中の自分に向かって、何百回呟いたか分からない言葉を放つ。
 
 「好きです。周平さん。この世界の誰よりも、あなたが欲しい」
 
 
 
 
 
 
 
 
  すえた臭いの壁が震える。
 暗闇に、自分の獣のような呼吸音が響く。
 風が吹くたび、窓が唸り声を上げる。・・・いい隠れ家だとは思ったが、これでは少々困りものだ。
 目的地には到着した。しかし困ったものだ。
 全身が燃えるようだ。
 腹の底に溜ったコールタールのような感情が、どす黒い煙を上げて
 燃え上がっていく。そんな感じだ。
 
  ・・・まだだ。まだだめだ。
 
  今はまだ、この炎を、このまま燃やすべきじゃない。
 
  完全燃焼させていい日は、いずれ来る。
 耐えろ、落ち着け、大丈夫だ。
 
  獲物の様子を、まずはじっくりと観察しよう。
 
  それもまた、狩りの楽しみの一つだ。
 
  巣はできた。あとはここで、狩りの準備を進めよう。
 とりあえず、情報収集を続けよう。
 ありとあらゆる方法で、手段を選ばず、それでいて冷静に。
 獲物の細かな癖から、身につける些細な物までも、全てを知り尽くすことが狩りの基本だ。
 
 
 
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