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名探偵 縦溝(たてみぞ)の事件簿

第4話 牛鬼島(うしおにじま)の子守唄


 


 どるどるどるどる・・・。
どこまでも続く大海原は薄暗く、この先にあるものは、
何か不吉なもののようにしか思えなかった。
弱々しい光が照らす青黒い海に、船外機のエンジン音だけが響き渡る。

「ちっ、いけねぇ・・・いけねぇいけねぇ」

 船頭が船外機を細かく操作し、何かを避けていく。

「くっくっくっ、いえね、この辺は岩礁地帯でさ、ぶつかっちまったら
お陀仏ですわ」

 船頭が海面の何かを見て笑う。

「あの、赤子の頭みてぇな岩がね、浮かんでは消え、消えては浮かぶんですよ。
おふくろさんの腹から生まれる赤子みてぇに・・・そんでも生まれてこれねぇもんで、
海が赤子を閉じ込めて、おぼれさせちまうもんで、そんで赤子の霊が引きずり込むんでさぁ・・・
母恋し、人恋しさに、奈落の底に岩の赤子が船を引き摺る・・・。
この辺に伝わる怪談話さぁ・・・うくくくくく」

 瀬戸内海の中央部に浮かぶという、忘れられた無人島、牛鬼島。
周囲の潮流が激しいこの島は、地元の漁師も近寄らない難所として知られ、
訪れる者もほとんどいない。

 20年前までは海賊大名の子孫を名乗る波鬼(なみおに)一族が豪邸を
建てて暮らしていたが、15代当主 波鬼式部(なみおに しきぶ)の乱心ののち、一族は
1人、また1人と島を離れ、最後に残った宗家一家はなぞの殺人事件に巻き込まれ、
当主の妻、娘2人、息子2人が惨殺された。

 事件はやがて迷宮入りし、それ以来、島は本当に無人になった。

 そして、そんな島を20年ぶりに開発する者が現れた。
波鬼一族の庶流、岸田光悦(きしだ こうえつ)だ。

 光悦は波鬼の豪邸を買い取り、改築して住み続けている。
何が楽しくてこんな辺鄙なところに住んでいるのか・・・。

 ボートに乗る黒いジャンパーの名探偵、縦溝はその変人富豪の
心のうちに思いを馳せた。
名探偵は依頼があるとのことで、この島を訪れることになった。

 いったい、どんな依頼があるというのだろうか。
まさかこの薄気味の悪い船頭が言うような、岩の赤子が人を海に引きずり込むような、
そんな事件でもあるというのか。

 いや、そんな事件があるはずがない。
いつの時代も、事件を起こし、ヒトを殺めるのは人間なのだから・・・。












「・・・遅かったか・・・」

 名探偵は、血塗れの風呂でポツリと呟いた。
隠された海賊大名の財宝だとか、当主の死に群がる親戚筋の連中とか、
奇怪な伝承を語るモンスターっぽい老婆とか、老婆の語ったわらべ歌になぞらえた
殺人予告とかあったあとだった。
  
「ひ、ひぇひぇぇぇ・・・そりゃ、見たことかね・・・この罰当たりモノめが!
式部さまに手討ちにされたわ! 岸田のこせがれ風情がっ!」

 一撃のもとに額を割られている岸田光悦。
そんな岸田の老当主に向かって、波鬼一族に長年仕えていたという
オニビシばあさんが悪態をついている。

「おいおい、オヤジ、死んじまったのか?」

 父親の無残な姿を見ても、あまり動じている風に見えない
長男、岸田一郎氏・・・会社経営大失敗、人生の敗北者路線驀進中の男だ。

「あら、ちょっと困ったわねぇ・・・どうするのよ、遺産とか」

 これまた長女の岸田アケミ、ホステスさんという、刑事ドラマ死亡率
ナンバーワンキャラである。
  
「こ、困ったにゃりんね。フィギュアの代金を支払うのに、小遣いの前借を
考えていたのににゃりん」

 次男の岸田次郎氏、重度のオタクで引きこもりでニートでフィギュアマニアである。
濃いキャラ設定がチャームポイントであるが、同時に問題でもある。

「ああ、お父さん、なんていうことなの、しっかりして! お父さん!」

 そん父親の死体にすがり付いているのは次女の岸田美亜子さん。
とりあえず、清楚可憐なキャラは押さえとくべきって感じか。
犯人探しの際の、ミスリーディング引っ張り役としても最適だ。


 そして、これが・・・この一大事件の始まりであった。



 名探偵は、手馴れた様子で、この館にいた人間全員を大広間に集めた。

「ねぇちょっと、名探偵だかなんだか知らないけどさ、あたしたちいつまで
ここにいりゃいいわけよ」

 露出の多い、きわどい格好をした長女が愚痴る。

「そ、そうにゃりん。ボクはこれから、共産主義魔法少女スターリンリン
の録画情況を確認しなきゃならないにゃりん」

 と、フィギュアを握り締めた次男が喋る。
しかし、そんな館の人間全員を前に、名探偵は悠然と構えている。

「さて、みなさんに1つ話しておかなくてはならないことがあります。
・・・つまり、先ほどの殺人事件と、この私がここにいる理由です」

「どういうことだ?」

 長男の一郎氏が名探偵に睨みを飛ばした。

「私は先日、ここの当主・・・すでに故人ですが・・・の光悦氏に呼ばれ、
ここにやってきました。光悦氏の依頼によれば、自分は何者かに命を
狙われている。私の命を狙う犯人を見つけだして欲しい。
そう言ったものでした」

「お父さんは、誰かに殺されたというのですか?!」

「ええ、そうです、美亜子さん。そしてその犯人は・・・この島にいる可能性が
高いのです」

「ここは、海の上に浮かぶ元無人島・・・周囲は浅瀬が多く、難破の危険が
高い海域として知られ、近づく船はまずない・・・しかも、今は夜・・・
光悦氏殺害の犯人が、島の外に逃げたとは考えにくいのです」

「そ、それはそうにゃりん」

「そ、それじゃあ、父さんを殺した凶悪犯人が、この近くにいるってことなの?」

 さきほどまで悠然と構えていた長女がガバッと席を立った。
その瞬間だった。稲光と共に雷光が大広間を照らす。
同時に館が停電になり、あたりが急に真っ暗になった。

「きゃー!」

 次女の美亜子の悲鳴。

「うっ、なんだ?! 事故か?!」

 名探偵の叫び声が闇に響く。
数瞬の後、チカチカと照明が点滅し、大広間に明かりが戻った。

 そして・・・明かりが戻った大広間は、真赤な飛沫に
彩られていた。
長女のアケミが、頭から血を流して、倒れ伏していたのである!

「ね、ねえさん!」

 真っ青になった美亜子が叫ぶ。

「なんてことだ・・・第二の犠牲者が・・・」

「こ、こうしちゃいられないにゃりん! 誰とも一緒に居たくないにゃりん!
犯人かもしれない人間と一緒に居るのはご免にゃりん!」

 そういうと、次男はすたこらサッサと走って、自分の部屋に行ってしまった。

「うう! お、オレもご免だ! オレも部屋に行く!」

 そう言い残し、長男も自室に籠もってしまった。

「うっ・・・気持ちが悪いから・・・自室に行きます・・・」

 次女も部屋に籠もってしまった。

「ううーむ。なんということだ・・・。
こうなってしまっては止むを得ない、奥の手を使うか・・・」

 名探偵は携帯電話を取り出すと、110番した。

 20分後、ヘリコプターで警官隊がやってきて、死体をテキパキと処理した。
事件の犯人は、次男だった。
衣服から大量のルミノール反応が出て、それをネタに取調べをしたら自白して、
自白の通りに凶器がでてきた。

 動機は、パパと姉にフィギュアを捨てられたことだった。
海賊の宝とか、不気味な子守唄とか、関係なかった。

 一週間後にテレビニュースでやってた。



 第4話 完



 
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